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ゆきらいぶ

YUKI LIVE “5-star” ~The gift will suddenly arrive~
/ YUKI

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変わり続けたYUKIの五年と、変わらない何か
 「YUKI」としての五歳の誕生日会というコンセプトの下に行われた07年11月の武道館公演。『ユキライブ』で観られる前回の武道館公演(“joy”ツアー)の時に比べると、巨大なバック・スクリーンを除けば随分と地味なステージングといった印象。バンド・メンバーはほとんど黒子みたいに背景に溶け込んでいる。その中心にヴィヴィッドなピンクのドレス姿で登場し、のっけから“長い夢”を歌い始めたYUKIは、まるでどこかの国のおとぎ話に出てくる小さくて可愛い魔法使いみたいだった。まるで魔法の杖を振り回すかのように、YUKIが言葉を綴り、元気に飛び跳ねるだけで、たったそれだけのことで、僕たちの世界は瞬時にカラフルな色に染め上げられ、ノドを爽やかに弾く炭酸水みたいに、楽しげに躍動を始める。そう、これなんだ。この瞬間こそが、YUKIのライブなんだ。

 このDVDを観ると、YUKIの表現は未だに正当な理解と評価を得られていないなと断言せざるを得ない。あの変な“JOY”ダンスを相も変わらず夢見るような笑顔で踊り狂うオーディエンスの姿。当時の最新作であった“ワンダーライン”を披露する時のあの照れ臭いような、誇らしいような、YUKIの表情。このDVDに確かに記録されているそんな一瞬一瞬にこそ、YUKIの世界は鮮やかに広がっている。だから、本作には後付のCG加工なんていらなかったんじゃないかと思う。ペラペラで白々しいCGで煽ろうとしても、誤魔化そうとしても、あんなものはYUKIの本当の魅力の前では、簡単に見透かされてしまう。もっと思い切って言うなら、間にちょこちょこ挟まれたインタビューやショート・フィルムも、本当はいらなかった。公演を最初から最後までダラ撮り垂れ流しで良いとは言わないが、会場にいたら同じような笑顔で“JOY”ダンスを披露するであろうほとんどのファンは、あんなものより大幅にカットされた本編の方が観たかったのではないだろうか。少なくとも、僕はそう思う。だって“ハローグッバイ”も“スタンドアップ!シスター”も“WAGON”も“Rainbow st.”もカットされていて、MCなんてほとんど全部カットだ。果たして、これがYUKIのライブと言えるのか。妥協はしない。音楽で会場全員と繋がる。ギャグ飛ばしてみんな爆笑させてやる。それがYUKIの思い描くロックンロール・スター像ではないのか。みんな、いったい何を勘違いしているのか。
 一年以上も前のことなのにこいつはいつまでウダウダ言ってるんだと思われそうだが、このDVDを観て、“ビスケット”の配信限定という発表スタイルはやっぱり間違っていたんだと僕は確信した。後でシングル・コレクションに収録されたからいいじゃないかというのは完全なる話のすり替えである。YUKIは、いったいなんのために「体がひきちぎれるまで」歌うのか。その強烈な意志は、なぜ、いったいどこから、湧き出てくるのか――。「みんな」に届けるためではないのか。自分のCDを買ってくれた「みんな」に、ライブ会場まで足を運んでくれた「みんな」に、誰一人置いてきぼりにさせない「みんな」に、歌を、思いを、届けるためではないのか。僕の周りのYUKIファンは誰も言わないから言うが、パフォーマンスとコミュニケーションの場を限定してその中だけで完結するYUKIの歌なんて、クソである。僕たちの抱えた思いはどれもビスケットみたいに脆く壊れやすいものだから、だからこそみんなで共有しようと、みんなで守り抜いていこうと、いつもYUKIはそう歌ってるのではないのか。もう一度言う。みんな、いったい何を勘違いしているのか。

 Everyday is My Birthday.
 「毎日が誕生日」という印象的な言葉をバック・スクリーンに焼き付けて、今回のDVDに収録された武道館公演は終わる。日々何かが死に絶え、新しい何かが生を享け、常に表情を変えながら地球が今まで回り続けてきたように、日々変わり続ける勇気を祝福しようとYUKIは言う。新しい自分に生まれ変わることを、恐れちゃいけないとYUKIは言う。みんなが求めるYUKI像から本来の自分に戻ると宣言した今年のツアーで、彼女はそれを「リハビリ」という言葉で表現していた。言うまでもなく、YUKIは極めて言語的なアーティストである。言葉に対する意識の極めて高い女性である。そんなYUKIが「リハビリ」なんて言葉を選んでしまった時点で、彼女の中に正当な理解と評価を得られていない自分に対する何らかのストレスやフラストレーションが漠然と存在していたことは間違いない。そして、今年のツアーで自己に還るプロセスの始めの一歩だと語ってから歌い始めた“汽車に乗って”は、小さくて可愛いポップの魔法使いからひとりの普通の少女へと再び生まれ変わる決意をした自分自身のために歌ったバースデイ・ソングなんだろうなと思う。

 そして、このDVDを観て「五歳の誕生日会」に参加しながらYUKIのこれまでの五年間を振り返ってみると、彼女は変わり続ける自分を、変わり続ける思いを、変わり続ける歌と言葉でいつだって祝福し続けてきた。ひとりぼっちになって立ち止まりそうになってしまう自分をなんとか前に進めるために、これからも歌い続けるために「もう うたえないわ」と歌った“呪い”。そんなひとりぼっちの内省から頭をもたげて、誰かと繋がる勇気をみんなで共有するために「立ち上がれ」と鼓舞した“スタンドアップ!シスター”。「死ぬまでドキドキしたいわ/死ぬまでワクワクしたいわ」と歌い人生は謳歌するためにこそあるんだと語りかけた“JOY”。そして、“汽車に乗って”。他の曲もすべて、YUKIの何らかの思いを背負っている。そこから前向きに生きるために、それがどれだけ辛く苦しい思いであっても、彼女は、それを祝福する。
 そして、実際に観客と正面から向かい合うライブというものは、YUKIにとってその「祝福」を「みんな」に委ねるための場所である。「毎日が誕生日」という自分の信念を、「みんな」のものにする場所である。「毎日があなたの誕生日」なのである。「毎日が僕の誕生日」、なのである。

 デビュー・シングルである“the end of shite”から今のところの最新作である“汽車に乗って”までの全作品を通して聴くと、その変節の激しさからこの五年間のYUKIを取り巻く環境と彼女の心の激動がすぐに理解できる。変わり続けるYUKIの思い、歌、言葉。ただひとつ変わらないのは、それを伝える先にいる「みんな」の存在である。変な“JOY”ダンスを未だに楽しげに踊ってくれるような、「みんな」である。そんな「みんな」が、変わり続ける自分をそれぞれに祝福できるように、今夜もYUKIはロウソクの炎をそっと吹き消す。
 いつも「誕生日の匂い」と呼ぶことにしているのだけど、ケーキに挿したロウソクの炎が消えた瞬間の、あの甘く焦げた匂いが好きだ。YUKIの歌を聴き終わった瞬間のなんだかどうしようもなくワクワクして前向きになってしまう感覚と似ているのだ。ロウソクの炎が消え、YUKIの歌が終わり、部屋に暗闇と静寂が訪れた時、ほのかに漂い始める「誕生日の匂い」――。毎日の僕を祝福するこの匂いは、こんなにも甘く、そして魅力的なのだ。
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