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海くらい行きたい

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実家にはもう帰っちゃったから、
夏休みだというのにもうバイトとサークルしか予定がない。
ロック・ファンの皆さんがあちこちのフェスのレポートなどを書いていますが、
僕はフェスやライブに行く予定もない。
日焼けとは無縁の生活をしております。
でもロック・ファンって案外コミュニケーションの苦手なネクラな人が多いんですよ。
みなさん勇気を振り絞ってフェスに出かけているんでしょう。

さてさて、引き篭もりアイテムに本、CD、DVDは欠かせません。
今日はあいにくの雨ですが、ブックオフに本を買いに行ってきました。
阿部和重の『グランド・フィナーレ』を購入。
これ、ずっと読みたかった。
雨雲が出ているせいで部屋が暗いので、
これから窓際の際の際にまで移動して読みます。
蛍光灯の明るさは嫌いなんですよね。
音楽はリチャード・アシュクロフトで。
ヴァーヴの新作が出ますからね。
アシュクロフトは“チェック・ザ・ミーニング”が好きだったなぁ。
夜になったらスタンリー・キューブリックの『ロリータ』でも観ようかな。

とまあ特に書きたいことも書かなきゃいけないこともありません。
要はいつもどおりです。はい。

Fantasy Black Channel
/ Late Of The Pier

Late Of The Pier-Fantasy Black Channel
ニュー・レイヴとは何ぞや
 雑な言い方をするなら携帯小説みたいなもんだと思う。物書きでも何でもない素人だってネットワークを通じて自分の作品を発表できて、時にはとんとん拍子で映画にまで発展しちゃったりする。ニュー・レイヴは、そんなネット世代のなんでもできちゃう感とスピード感が直反映された音楽的な営みなんだと考えている。使い方次第でどんな壁だって越えられるし、誰とだって繋がれる。「1」と「1」のアイディアでしかなくても、組み合わせ次第で「5」にも「6」にも、「10」にだってしてみせる。今じゃ踊れるロックは何でもかんでもニュー・レイヴの文脈で語られちゃってるけど、クラクソンズが提唱したニュー・レイヴには自分たちのそういうポテンシャルを瞬間で爆発させる凄まじい玉砕精神みたいなもんがあったんだよ。その刹那性は、とっくに下火になってる携帯小説のそれとは少し意味が違うけどね。
 チープでペラッペラなくせに開き直ったみたいな勢いの良さ、繰り返される転調・変速(最初と最後で違う曲みたいになってる)、シンセを主体に組み立てられた音像はニュー・レイヴのまさにそれ。正直変な曲ばっかだけど、これは確かにアガる。ポスト・クラクソンズ最右翼の呼び名もあながち間違っちゃいない。07年はクラクソンズの完全な独壇場だったけど今年に入ってからはフォールズ、ハドーケン!、そしてこのレイト・オブ・ザ・ピアとなかなかの顔ぶれである。当初はすぐに終わると考えられていたニュー・レイヴは、定義の曖昧さ故に良くも悪くもここまでダラダラと続いてきた。しかしここにきて「本物」とそうじゃない連中との間に目に見える落差ができ始めた印象がある。これは一般的に言われている「ポスト・ニュー・レイヴ」じゃない。中途半端なまま進み続けてきたニュー・レイヴの本当の中身をビシッと決定付けるための、「再定義」である。
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