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ハロー

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生まれて初めて買った日本の音楽のCDは、YUKIの『ハローグッバイ』だった。
ハローグッバイ。出会いと別れ。
当時の僕には、嫌味にしか聞こえないタイトルだった。
YUKIの歌の中心にある言葉を冠したこのシングルが
初めて買ったYUKIのCDだったのはある意味運命的だったなと自分で少し美化する。
YUKIの歌には、誰とも関わらない内容のものがほとんどない。
そこにはいつも「ハロー」と声をかけ、「グッバイ」と手を振る「君」の存在がある。
ライブで会場にいる全員の心に向かって歌うことを心がけていることからもわかるように、
YUKIは音楽をコミュニケーションの場として位置づけている人だ。
そして、YUKIは実生活でも大きな出会いと別れを経験してきた人でもある。

バンドの仲間との、家族との、出会いと別れ。
それは、大きく見れば誰もが経験する極々ありがちなことかもしれない。
でも、個人としては自分の生き方を変え得る凄まじく重大な意味を持ったものでもある。
YUKIの経験した出会いと別れは、
どれもが必ずしもポジティヴに受け入れられるものではなかったはずだ。
理不尽に押しつぶされそうになったことも、絶対にあるはずだ。
それでも、YUKIは今でも最高の笑顔で最高のポップ・ソングにのせて
出会いと別れを祝福するために歌い続けている。
その姿に、僕はなんだかいつも希望みたいなものを感じてしまう。

YUKIは、出会いと別れが、そのまま希望なんだと歌っている。
それがたとえ終わってしまうものでも、
いつか「グッバイ」と手を振らなきゃいけないものでも、
それでも「ハロー」と声をかけて誰かと関わることは、
人と繋がることは、コミュニケーションを取り合うことは、
それそのものが希望なんだと歌っている。
すべてが終わり果てた後にも、
出会いと別れはきっと終わらない「何か」を残してくれる。
目にも見えなきゃ実態も何もないその「何か」を信じる力。
僕は、いつもそれを「ロックンロールの希望」と呼んでいる。

このブログを読んでくれている人の中には、
「YUKIってそもそもロックなの?」と疑問に思う人もいるんじゃないかと思う。
僕は今まで数え切れないくらいその質問をされてきた。
極端なことを言えば、絶対的なロックなんていうものは、どこにもない。
その音楽がロックたりえているかを決めるのは、聴き手であるあなた次第だ。
どれだけ個人的な理由で聴いていても、
その音楽とあなたを繋ぐものが「ロックンロール」であれば、
それはきっとあなたのロックンロールなんだろう。

色んなサイトや色んな雑誌を読んでいつも僕は違和感を感じている。
こいつは一体何を考えて音楽を聴いて、それについて書いてるんだろうと思う。
ロックは、ジャーナリズムじゃない。ドキュメントじゃない。
愛と平和を祝う聖歌じゃないない。スタイルじゃない。
意味、意図、前作からの変化、馴染みやすいメロディ、良い歌・・・・・・。
そんなものを理由にロックンロールは聴けない。
そんなくだらないものを理由に、僕とYUKIは繋がっていない。
ロックンロールは、「希望」でしか聴けない。
他の誰にも通用しなくても、ただ僕ひとりを救うためだけの「希望」でしか、
ロックンロールは聴けないし、できない。
YUKIの出会いと別れに対する絶対的な信頼は、
出会いと別れに押しつぶされそうになる自分を救うための希望である。

出会いと別れに対するYUKIの希望は、YUKIをここまで進ませてきた。
でっかいスプーン頭に乗っけて笑顔で語りかけてくるYUKIは、
誰かと繋がることなんて恐れちゃいない。
YUKIが本当に可愛くて魅力的なのは、だからなんだ。
生まれつき可愛いからじゃない。オシャレだからじゃない。
『PRISMIC』で無表情に立ち止まったYUKIにも強い思い入れはあるが、
僕は、笑っているYUKIが一番好きだ。
YUKIのこの笑顔は、紛れもないロックンロールの希望である。
誰にも否定なんてさせない。
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