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レポートもせねば

テスト前
今週から本格的にテストが始まる。
この時期になるといつもどうにかこうにかテスト勉強から逃げようと必死になるのだけど、
勉強しなきゃいけない教科書&レジュメと今月中に聴きたいCDを重ねて比べてみたら、
CDの方が三枚分ぐらい高かった。
今日新たに二枚増えたし、明後日にはもう二枚ほど増えるから、もっと高くなるぞ。
これが高くなれば高くなるほど、僕は追い詰められていくのです。
まぁ教科書の数が明らかに少ないことからもわかるように、
お金もったいなくて教科書買ってない授業がいくつもあるので、
それを足したら教科書の方が高くなるのでしょうが。
教科書買わなかった授業のテストどうしよう。
そんな不安はとりあえず脇に置いといて、今から何聴こう。
そうだ、勉強しながら聴けば良いのか。
両方徐々に低くしていこう。

とりあえずCDレヴューを書いて、何か聴きながら英文学の勉強でもしよう。
英文学の数作品を通して「幸福」を定義するものです。
僕の名前は「幸大」だぞ。本名です。
小学校の頃には「不幸大」なんて呼ばれていじめられていたが、
僕はそれだけ「幸福」の感覚に関しては人一倍、いや、人三倍ぐらい敏感だし、
自分なりの確固たる意見を持っているつもりだ。
でもだからこそ、多くの作家がそれぞれに定義した「幸福」は、
どれも僕にはひどく居心地が悪いなあ。
相手も同じこと思うんだろうけどね。

今日は古い作品から。
ビーチ・ボーイズの66年作。
60年代は本当に改めて聴きたい作品が多い。
ビートルズもいればドアーズもいればツェッペリンもいるしピンク・フロイドもいる。
言ってみればロック創世記である。
本作発表の次の年にはビートルズの『サージェント・ペパーズ』がリリースされる。
ロックの背負うものが一気に重みを増した時期だ。
青春期の終わりは、こんな重みをロックにもたらすことになる。

Pet Sounds
/ The Beach Boys

The Beach Boys-Pet Sounds
陽性ポップ・バンドが作った陰性ロック・アルバム
 本作制作当時、ブライアン・ウィルソンの意識は前年に発表されたビートルズの『ラバー・ソウル』と過酷なツアーからくる疲労をごまかすために使用されたドラッグの強い影響下にあった。つまり、ロックがただ「聴く」だけで終わらない、それ以上の何かであるという一種の強迫観念と下降する精神の狭間で揺らぐ自己と向き合うことを強要された本作は、結果として凄まじい「ねじれ」を生み出すことになる。
 自宅にこもっての作曲が中心になったブライアン・ウィルソンは「サーフィン」や「車」といったかつての陽性なビーチ・ワードを一切排除して本作を作った。レーベルがリリースをしぶるほど従来のビーチ・ボーイズのイメージと激しく乖離した本作は、ブライアン・ウィルソンというひとりの男の存在証明をかけた一枚であり、だからこそひどくコンセプチュアルであり、翌年に発表されるビートルズの大傑作『サージェント・ペパーズ』の大きな礎となった。ビーチから家庭に帰りついた男のように、「ずっと一緒にいられたら素敵だろうな」と歌う冒頭曲“素敵じゃないか”のささやかな希望は、しかし、後半で見事に裏切られ、最終曲“キャロライン・ノー”の「いったいどうなっちゃったの? ああ、キャロライン、こんなのってないよ」という悲痛な叫びに沈んでいく。希望が地面に叩きつけられる様子に背筋が凍りつきそうになるが、これでもあくまでポップ・ソングとしての体裁は保ったままだ。狂っている。白々とした風景をバックに汽車が通り過ぎ、犬が空しい鳴き声をあげるこの意味不明なエンディングに漂う絶望的な何かは、まさに絶望そのものだった。
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