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If You Love A Woman

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レポートでも書こうかと思ったけど、止め止め。
だって、ダーティ・プリティ・シングスの新作を買ったんだ。
レポートなんて後回しでファースト・アルバムを復習中です。
良いアルバムだったよなぁ。
僕の大学生活の、最初のサウンドトラックだった。

ちなみにレポートはアメリカのミュージカルとかポップ・ミュージックについて。
テーマのひとつに「80年代の女性のロックとポップス」なんていうのがある。
マドンナ・ファンの僕にはたまらないテーマですね。
それにしても、これを教えてくれる教授が本当にくだらないんです。
多分、ただ好きなだけなんだろうなぁ。
マドンナとシンディ・ローパーとサマンサ・フォックスの
当時の学生間での人気率なんてどうでもいい。
良いとか聴きやすいとかそんな話じゃないだろバカ。
マドンナのデビュー曲は“ライク・ア・ヴァージン”じゃないよ、このアホ。
どうしてあんなのに大学教授が務まるんだろうか。
やつも口利きとかコネかなんかで教授になったんだろうか。
というか、そもそも大学教授ってどうやってなるんだろうか。

80年代のマドンナを中心とした女性シンガーの台頭は、
ロック&ポップス界のひとつの「事件」である。
ロックに根強く残る男根主義を脅かしたマドンナ、
女の子だって好き勝手やって楽しみたい!と訴えたシンディ・ローパー。
彼女たちの音楽に共通するのは
ある種の常識とか規範を振り切る自己主張の強さだが、
それをアジテーション系の激しい音楽に載せて歌うのではなく、
アイドル歌手が歌ってもおかしくないあのてらいのないポップ・ソングで
歌ってしまったところが、とても重要なポイントである。
つまり、ポップとは、こんなにも背徳感に満ち溢れている表現なのだ、と。
マドンナの場合は特に確信犯的で、
彼女はポップそのものを汚らしいものとして冒涜するために、
“ライク・ア・ヴァージン”なんてポップ・ソングを歌ったのだ。
80年代は音楽の商業性が食い尽くされた時代でもある。
音楽が、灰色に染まった時代である。
そんな時代の中にあって彼女たちの表現は極めて過激でありながら
ポップの本質的な問題を暴く鋭さを兼ね備えていた。
ポップの甘さの正体は、背徳なんだ。
よし、ちゃんとまとめて今回のレポートはこの方向性で行こう。


さてさて、ダーティ・プリティ・シングスですが、
一年生の頃は、“バン・バン・ユア・デッド”ばかり聴いていた時期があった。
ファーストの頃のカールは、まだリバの解散から全然立ち直れていなくて、
その怒りとか戸惑いとかに何とかケリをつけようとしたのが、
新たなバンド、ダーティ・プリティ・シングスとしてのファーストだったわけです。

「いったい何を期待してたんだ?~バンバン、お前もう死んでるよ」

ここのフレーズに、たまらなくしびれていた。
リバへの複雑な思いを錆び付いたナイフで削り落とすみたいなギターと
このフレーズが絡み合って、
その中で葛藤しているカールが大好きだった。
このファーストは今聴いてもアガるなぁ。
「愛してる女性がいるなら、殴っちゃだめだぜ」、だって。
かっこいい。
女の子に優しくできないやつは史上最低のアホだね。
カール・バラーは本当にかっこいいロックンロール・スターだ。
リアム・ギャラガーよりも、アレックス・ターナーよりも、
僕はカール・バラーになりたい。
セカンド、めちゃめちゃ楽しみにしてるからな。
もうすぐ聴いてやるからな。


長くなっちゃうけどレヴューを載せないと終わらせられない。
ここでダーティ・プリティ・シングスのファーストを載せればまだまとまるんだろうけど、
突然にベックを登場させてしまうのがこの『Over The Border』というブログです。
いろいろ平行して聴いているとこういうことになるのです。
ベックも新作に向けて復習中。
これは96年発表のセカンド・アルバム。

Odelay
/ Beck

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ガチャガチャ、ガチャガチャ
 この作品を聴くといつも、別にベックはシンガーソングライターじゃなくても良かったような気がしてくる。もちろんネガティヴな意味でそう言っているのではなく、画家はもちろんなんなら書道家みたいな気難しそうなものでも、ベックはベックでいられたような気がするのだ。この男には、捉われというものが一切ない。従来のロックのモラルとかマナーとかをすべて自分の中でいったん無効化して、ベックは音楽と向き合っている。“ロード・オンリー・ノウズ”の意味不明シャウトが耳をつんざく奇天烈なイントロ、“ザ・ニュー・ポリューション”の「ドゥルッドゥルル」コーラス、“ホェア・イッツ・アット”の実に楽しげな手拍子と合唱――挙げ始めたらキリがないが、ダスト・ブラザーズとの共同作業でいっそう強く打ち出されたその独特の編集センスは、ベックの才能の性格を、本来なら一番わかりやすいはずのサビや歌詞よりもひどく雄弁に物語っている。随所に遊び心満載、恐ろしくポップでマジカルな一枚。ロックそのものをポップ・アートのアイテムとして乱用し、かろうじで「音楽」と呼べるものを作り出したという感じだ。オルタナの存在感の強さを示した決定打のような立ち居地で語られることが多い本作だが、ここにはすでにオルタナなんて矮小でひねくれた価値観は存在していない。ゼロ地点よりももっと低いところから始めたら、音楽はこんなにも奇抜で面白い表現になりうる。ベックの表現における凄まじく単純な意味での自由が、本作には集約されている。もちろんその自由の意味は今でもまったく失われていない。だからこそ、デビューから現在まで、ベックの音楽は比類なきラジカルな表現として常にそうあり続けている。「モップ犬」とでもいうようなジャケットも最高。
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