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08年上半期ベスト・アルバム

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08年ベスト・アルバム最有力候補、コールドプレイの『美しき生命』。
そういえば、今年は上半期ベストをやらなかったなぁ。
一ヶ月かけて行った『07年ベスト・アルバム50』の
張り切り具合を見てもらえればすぐわかりますが、
僕は結構こういうランキングものが好きです。
08年の上半期は、正直な話、随分とスロー・スタートだったと思う。
マーズ・ヴォルタ、アデル、ロスキャぺなどが優れた作品を発表してくれたけど、
どれもロックのど真ん中をぶち抜くようなタイプのアーティストじゃなくて、
08年を鋭く示すには、少し弱かったと思う。
春にようやくやってきた決定打、それがケイジャン・ダンス・パーティーだった。
そこからはもう毎年恒例の夏前のリリース・ラッシュで、
若手から大御所まで多くの作品が続々と発表された。
コールドプレイの『美しき生命』は、
そんなリリース・ラッシュの中でも、明らかに秀でていた。
僕が選ぶ、遅すぎる08年上半期ベスト・アルバムは、コールドプレイの『美しき生命』。
これしかないでしょ。

これがコンセプト・アルバムだとか今までで一番ギターが激しいとか
一曲の中にまったく違うコンセプトのチャプターがあるとか、
そんなことは今はもう本当にどうでもよくて、僕が言いたいことはひとつだけ。
最終曲、“生命の幻影”について。

本編がいったん終わって、同じトラックの中で
再び一曲目の“天然色の人生”に帰結するしくみになっているこの曲。
“天然色の人生”が再び始まることはわかっていても、
何度でも、何度でも、僕はここで凄まじい高揚を覚える。

「始めから終わりまで戦いなんて嫌だ
使い古しの復讐を繰り返すなんて嫌だ
死とその仲間たちの後をついていくなんて嫌だ」

僕たちは、誰ひとり「死」へと向かうことを避けることなんてできない。
クリス・マーティンは、それでも最後の最後まで「死」を否定し続け、
「嫌だ嫌だ」と永遠に繰り返しながらしだいに果てていくかのように、
この曲は終わる。
そして、すべてが終わった「死」から
再び生命力を注ぐ“天然色の人生”へ。

この流れが意味するのは、「再生」とか「転生」とか「輪廻」じゃない。
本作にはなぜ「生」と「死」という対極が共存しているのか。
それは、コールドプレイの音楽が常にその両方を内包する、
すべてを見下ろす圧倒的な高さからの俯瞰力を伴っていたからだ。
つまり、コールドプレイの音楽は、これまで完璧なまでに「すべて」を描ききっていた。
その音楽を聴いて、そこから何を掴み取るかは、
つまり、聴き手の個人的なエモーション次第だった。
逞しい生命力を感じ取る者然り、人生の諦念を認めてしまう者然り。
本作ではそんな聴き手のリアクションにバンドが意識的になったことで、
誰の目にも明白な両極端を共存させて、聴き手に選択をさせる意図があった。
そして、今までのコールドプレイだったら、
それこそ残酷なぐらい冷静に「生」と「死」を同等に扱って、
そこにメンバーの意見なんて介在させずに、聴き手に提示したのではないだろうか。
コールドプレイのその冷たさが、僕はずっと嫌いだった。

演奏や構成などは本作で大きな飛躍を見せたが、
実は、言葉の方はそれほど劇的な変化があったとは思わない。
ただ、最終曲の“生命の幻想”の一連の流れだけは、違う。
テーマのひとつであるはずの「死」を否定し、
「生」というたったひとつの可能性で、すべてを塗り替えようとしている。
ラストに「僕たちは皆、逃避の夢を見る」とクリスが小さく歌っているように、
彼らは「死」から逃げるという行為が幻想であることを知っている。
そこを避けられないなんてことは、とっくの昔にわかっている。
それではなぜ最後の最後に“天然色の人生”なのか。
意味もなく随分じらしてしまったが、
それが本作での、コールドプレイのメッセージである。

「生きろ」
それが本作のすべてだ。
マイケミが『ブラック・パレード』でやってのけた逆転の理論よりもっと真っ直ぐな、
「それでも生きろ」というメッセージ。
あらゆる可能性を描き出し、
「死」から逃れることはできないと伝え、
コールドプレイは、「それでも生きろ」と言う。
両極端が存在するはずなのに、
逆立ちして聴いたって本作から感じ取れるのはそのメッセージのみである。
コールドプレイにとって初めての、
そして今のところ08年最大の「ロックンロール・アルバム」だと思っている。

「生きろ」
ロックが肯定できるのは、ただその姿勢ひとつのみである。
首吊ったりマンションから飛び降りたりを肯定するようなロックを、
僕はロックと認めない。
「生きる」ことを認めないで、他に認めるべきものなんてありゃしない。
「生きる」ことにビビッてちゃ、何ひとつ始めることなんてできやしないさ。
自分と未来を繋ぐ唯一の方法論としての、「生きろ」。
これが、ロックンロールの夢と希望である。


見切り発車で始めたからかなりとっちらかってる。
いつもみたいにちゃんとレヴュー形式にすれば良かったか。
それにしても、夜中にこんな写真をひとりで撮ってる姿を客観的に考えたら、
なんだかとても間抜けだ。
写真と言い中身と言い、随分と散漫な記事になってしまった。
まぁいつものことだけど。
こんなの書いたら余計に散漫か。
あぁ、なんだかこの書けば書くほど散漫な感覚が一生続く気がする。
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