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ちょっとしたメモ

今日のバイトは忙しくて大変だった。
明日は日曜日。
今、これ聴いてます。
新作に向けて予習、予習。

( )
/ Sigur Rós

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そして、シガー・ロスは僕たちを圧倒する
 青空の下を全裸で走り出す最新作(実はまだ聴けてない…)のジャケットに、僕たちが強烈なインパクトと共にこれまでのシガー・ロスとの明らかな違いを揃って見出しているのは、彼らにはこういう作品があるからだと思う。タイトルは『()』、収録曲8曲はすべて「無題」、歌詞は僕たちにはどうあがいたって理解不能なアイスランド語と独自の造語で組み立てられている。本作において、シガー・ロスの世界は激しく閉じられている。聴き手の理解の自由を尊重した結果ではない。シガー・ロスの、音楽へと向かうエゴが思い切り内側に爆発した作品である。ロックという音楽、いや、そもそもの音楽という表現が持ちうるあらゆる「意味」から次々と乖離して僕たちの頭上に降り注ぐ、ひとまず「音楽」と分類するしかない「何か」が、ここにはある。前作では子宮内の胎児だったが、本作には、盲目なのか夢遊病なのか、目をつむったまま両手を前に差し出して歩き回る少年の絵が描かれている。「視覚」という世界との絶対的な「接点」を持たずに生きる少年。やはり、本作においてもシガー・ロスの表現は「想像力」なのだなと唸らされる。世界との繋がりを何ひとつ持たずとも、想像力というエゴの刃で精神を深く抉り出した音楽は、こんなにも美しく、そして、こんなにも激しい。前にも書いたが、シガー・ロスの音楽に僕たちが覚える高揚は、「神秘的」ではあるが決して「神秘そのもの」ではない。これを「神秘」と言い切るやつは、何もわかっちゃいないアホである。明らかに異質であっても、それでもこれはヨンシーという生身の人間が自己の深奥部で探り当てた、紛れもない人間の一部分であるというシガー・ロスのラジカリズムに対する「恐怖」だ。世界からまったく孤立したあなたの頭の中の妄想が、増殖を止めない細菌みたいに、ブクブクと際限なく膨らみを増していく感覚を想像してみて欲しい。それがシガー・ロスの音楽であり、そもそもが妄想であるはずのそれに身も心も飲み込まれてしまうかのような圧倒的な冷たさこそが、僕たちがこの音楽に感じてしまう「神秘」――「恐怖」の実態なのだ。
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