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コールドプレイ耐久

夜食とコールドプレイ
コールドプレイの新作を聴こうと思う。
と思ったが、これまでちゃんと聴いてこなかったバンドだから、
この機会にしっかり聴こうと決心して、
今からコールドプレイ・マラソンをします。
『パラシューツ』からオリジナル・アルバム全作をちゃんと聴いて、
それで最後に最新作を聴こうと思う。
最新作を聴くころには朝になっているだろうか。
バイトしてきたところだから少し疲れてはいるけど、
ビールと焼酎と一緒にそんな疲労感は飲み込んでやる。
もうすでに、軽く酔っ払っている。
こんな調子で大丈夫だろうか。
いや、お菓子と夜食まで買ったのだ。
明日の授業なんて休んでやる。
単位よりもコールドプレイをちゃんと聴くことのほうが
僕の人生においては重要である。
大切なものを、間違えちゃいけない。

でもその前にいつも通りCDレヴュー。
今日はボブ・ディランの65年作。
同年の『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』も良いけど、
ボブ・ディランと言えばやっぱこれでしょ。

Highway 61 Revisited
/ Bob Dylan

HIGHWAY 61 REVISITED


「ロック」という深み
 邦題は『追憶のハイウェイ61』。ボブ・ディランがフォークのマナーを完全に無視してアコギからエレキ・ギターに持ち替えた時期の傑作。お堅いフォーク・ファンからは辛らつな揶揄が投げかけられたらしいが、“トゥームストーン・ブルース”などを聴くと、彼の音楽に対する欲求心がもはやフォークでは満たすことのできない状態にあったということがよくわかる。つまり、これはボブ・ディランにとって初めての、意識的な「ロック・アルバム」ということになる。変化はそれのみに収まらず、歌詞も以前の彼のイメージとは大きく変わってくる。「時代の声」を鋭く反映したプロテスト・ソングの歌い手としての彼の姿は、ここにはもうない。孤独や迷いや虚無などからくる彼の個人的なエモーション、がしかし、人間の根源的で普遍的な欲求が、手の内から次々とこぼれ落ちるのをじっと見つめるような、そんな佇まいである。一曲目に収録されているのは彼の説明不要の名曲“ライク・ア・ローリング・ストーン”である。転落した人生を送るミス・ロンリーに向けられたはずの「どんな感じだい? 独りぼっちになって、転がる石みたいになって」という言葉が、固くなってしまった僕たちの心にまで空しい風穴を開けて通り抜けていくのは、それこそがこの頃のボブ・ディランが音楽に求めていた深い高揚であり、ロックという音楽の背負うリアリズムと悲しみの不変の実態だからだ。
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