マジック・サマー2008 / 06 / 01 ( Sun )
先日、同じ学科の友達にビーチサンダルをプレゼントされました。
サイケデリックな色彩のキノコが描かれたかわいいやつ。やったね。 春から履いてたやつがもうボロボロになっていたので、良いタイミングです。 去年の夏から冬越しまでしてビーサンを履き続けている僕にとって、 ビーサンはもはや体の一部です。 新しいものに履き替えるとなると、 前のビーサンとの思い出が走馬灯のように、鮮やかに浮かびます。 だがしかし、前に進むために、 過去の思いは振り切って新たなる一歩を踏み出さねばなりません。 お、もうどうでも良くなってきたぞ。 とにかく決意表明でした。 さて、先月にホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトのもうひとつのプロジェクト、 ラカンターズの新作の日本版がリリースされましたが、 これがもう素晴らしい出来なのです。 ジャックの歌は、どんどん自由になってる。 それがリスナー側への信頼からきているのではなくて、 むしろ、好意的なリスナーからでさえ自分が正当な理解を得られていない、 そんな現状の居心地の悪さからきているところが面白い。 というか、ジャック・ホワイトらしい。 誤解は1㎜でも許さないとでも言うかのように、 ハッキリとした、でも本当に多彩なロックンロールを、次々と叩きつけてくる。 ラカンターズはストライプスの方で溜まったストレスを発散するための、 ロックへのシンプルな思いで作品を作るリラックスしたバンドだと思っていたけど、 表現のラジカリズムはストライプスに近づいてきたな。 ラカンターズは本当に良いミュージシャンが揃っている。 でも、やっぱりこれはジャック・ホワイトのバンドだ。 この人の才能は、やっぱり破格の存在感を放っている。 孤立しているけど、孤高だ。 だったらラカンターズ紹介しろよ、と思われるかもしれませんが、 『Over The Border』が今回紹介するのはやはりパール・ジャムなのです。 パール・ジャムのファン・サイトではありません。 96年発表の4作目。 No Code / Pearl Jam
深海で手に入れたもの 前作発表後、アホなチケットマスターとのトラブルでライブを行うことすらままならない状況に追い込まれたパール・ジャム。小規模なライブを少しずつ展開するしかなかったバンドは、最終的にツアー中止を決定せざるを得なくなるわけだが、それが影響してのことか、パール・ジャムの音楽はここから徐々に初期のアリーナ・ロック色を薄め、逆に胸を焼くような内省性を深めていく。今聴くと、グランジの波が完全に途絶えたことを伝えるアルバムのようにも思える。それはつまり、グランジの大波に絶妙のタイミングで乗り上げてその名を広めたバンドのファンにとっては、ストレスだったのだろう。全米一位を獲得しているもののセールスは全三作と比べて明らかに見劣りする。チケットマスターを介さないライブ活動も一般のファンにはチケットの入手を困難にさせたようだし、本作を境にバンドの規模がやや矮小化したような印象がある。 表面上の評価はその程度だったかもしれない。ただ、内容そのものはどうだったのだろうか。個人的にも彼らの真骨頂は初期のアグレッシヴかつダイナミックなロック・クラシックだと思っているが、喉の奥を焦がしながら這い上がってくるようなエディの歌声が聴けるバラードも、良いと思う。一曲目としては異例の静けさの“サムタイムズ”だが、終盤の絶頂感は真に迫るものがある。「敗者を救うことはできない。俺は俺、お前はお前でしかないのだ」と、パール・ジャムの表現の根源的な部分を穏やかながらも力強く歌う“フー・ユー・アー”も素晴らしい。完全復活作の『パール・ジャム』を聴いた今だからこそ安心してこんなことを言えるのかもしれないが、本作からしばらくの間、彼らは闘争の刃を海の深くにいったんしまい込んだだけだ。良いアルバムである。 スポンサーサイト
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