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もうひとりのYUKI

YUKIpic.jpg
今日は晩ご飯を食べながら『ユキビデオ2』を観ていました。
写真は見てのとおり、“ビスケット”から。

この曲のビデオ、空手をするYUKIだったり、
ナイトに扮したYUKIだったり、ビスケット・ヘッドホンのYUKIだったり、
いろんな恰好のYUKIが見られて、
思わず「可愛い!」と目がハートになってしまいそうになるんですけど、
でも僕はなんだかこのビデオが苦手だ。

YUKIは可愛い。
それは断固として譲らないけど、このビデオはなんだか
「みんなが求めてるのはこういう可愛いYUKIでしょ?」っていう、
明らかに僕の勘違いだけど、でも表現者らしからぬ高慢なところがある。
だれがなんと言おうと、絶対にある。

僕は、YUKIは不完全な人だと思っている。
完全な人はいない、とか言う人がいるかも知れないが、
それは話のすり替えというやつである。
そういう意味ではない。
YUKIが歌う、ということは、彼女が不完全な自分と対峙するということだと思っている。
不完全なYUKI。
それを、彼女はかつて「眠り姫」と呼んだ。

最近たまたま彼女の作品を過去作から聴くことがあった。
その時ふと思ったのだけど、
多分彼女は自分に音楽的な才能があまりないことを知っている。
“66db”というキャリアを代表する名曲を残してはいるけど、
でも自分のソングライティングにおける才能が
決定的に普遍性に欠けるということを彼女は知っている。
だからこそ彼女は言葉と本気で向き合わなければならないし、
30代も後半に差し掛かってもステージで回り続けなければならないし、
ライブを誰でも楽しめる「ショー」にしなければならないし、
MCでみんなを笑わせなきゃならない。
そうじゃないと誰もついて来てはくれないし、
そうじゃなかったからソロ初期の頃は沈み気味のキャリア運びだった。

『joy』ですべてが変わって、YUKIはまたスターの座まで上り詰めた。
大切なのは、ちょっと恥ずかしいことを言うが、
売れても自分を見失ってはいけないということである。
支持されていても、思い上がってはいけない。
ほとんどのYUKIファンはバカみたいに「可愛い」としか言わないが、
それを真に受けてそこに甘んじていてはいけないのだ。
“ビスケット”のビデオはいったい何なんだ。
可愛いだけのYUKIなら、僕はそんなYUKIには用はないのだ。
YUKIのソロ・キャリアが『PRISMIC』から始まっているという時点で、
彼女に「眠り姫」の影が付きまとうことは必然なのだ。
「YUKI、PVで7変化!」とか発表当時も騒がれていたが、
そんなことはどうでも良いのである。
だから何だと言うのだ。
ポップな「可愛さ」だけを見せ付けて「これが見たいんでしょ?」なんてYUKIは、
もうウザイだけである。

だから僕は、“センチメンタルジャーニー”のビデオで、
次々に「もうひとりのYUKI」が現れて、
その先頭でちょっと照れ臭そうに、でも楽しそうな表情で、
ポーズをとっているYUKIが好きだ。
表現者は、こうでなくてはならない。
こんなことを言ってる僕が一番ウザイだろうか。
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