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入札宣言

YUKIのライブのチケット、オークションで手に入れることにしました。
福岡公演の一般発売はまだだし、もちろん一般も挑戦するけど、
可能性は多いに越したことはありません。
同じくYUKI好きの友達も、オークションにしたみたい。
お互い無事に行けたら良いね。
でも、取れたとしたら、間違っても隣りとか前後の席にはなりたくない。
だってなんか、恥ずかしいもん。

ライブのチケットを取るのって、なんでこんなに難しいんだろう。
どうしても行きたいのに行けない人がいる、なんて状態はおかしい。
みんなが行けるようにしろ、コノヤロー。
YUKIだったら、公演数増やしたってガラガラなんてことにはならないだろ。
頑張れば行けないことはないけど、でもそれにはリスクが大きい。
機会を限定しちゃいけない。
みんなが観に行けなくちゃ意味がない。
ポップの中身ってそういうことだと思う。
これは、取れなかった時の言い訳になるかな。
主催側が悪いって。


この前妄信的なYUKIファンのメイクについてちょっと触れましたが、
このアルバムみたいなメイクが理想的なんだなとか思ってみる。
今日のディスク・レヴュー。
今月発表されたばかりの最新作です。

Jukebox
/ Cat Power

ジュークボックス



オリジナルな悲しみ
 最近よく使う言葉だから自分でもそろそろウンザリしてきたけど、今はこの言葉でしか自分の思っていることが的確に表せなくて、悔しいけど使います。音楽っていうものは本来的に個人の「感傷」に力点を置く表現なんだと思う。言葉を持たないで音そのものの最先端を求める音楽もあればどこまでも能天気で軽薄な音楽もあるから一概には言えないけど、フォークやブルースなどの伝統的な保守音楽はギター一本からでも伝えられる個人性の濃さ故に、その傾向が極めて強い。
 父親のレコード・コレクションから知ったビリー・ホリデイや彼女が敬愛するボブ・ディランなどの往年の名曲をキャット・パワーことショーン・マーシャルが歌ったカバー・ソング集。ライブでもカバー曲をやることが比較的多いようだが、彼女はこのアルバムをただのカバー・アルバムとして受け取って欲しくないという。ここにある感傷は別人が洩らしたものだが、これらに寄り添いながら人生の潮流を経験してきた自分のそれと重ねることのできるリアルな感傷なのだということだろう。確かに、そうでなければ自然な状態でここまで真に迫った歌い方はできないはずだ。ノド元を焦がしながら這い上がってくる悲しみは、本物だ。このアルバムがただ大好きなだけの音楽のイミテーションや単なる寄せ集めというカバー・アルバムにありがちな陥穽に陥っていないのは、そこの部分の意識が何よりも強いからだろう。というか、人の楽曲を歌うことが多い彼女だからこそ、カバーという行為はそうでなければ意味がなかったのかもしれない。解釈から唱法やアレンジに意識、とにかくどこまでもオリジナルな一枚。
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