FC2ブログ

虹の向こう側へ

先日、YUKIの新しいDVDがリリースされることが急遽発表された。
“長い夢”以降のシングル曲のビデオが収録された『ユキビデオ2』が3月に、
昨年行われた『five-star』のツアーの映像が収録された作品が4月にリリースされる。
シングル・コレクション、ビデオ集、ライヴ・ツアー。
『five-star』の発表以来、
どうやらYUKIはここまでの自分のキャリアの総括に取り掛かろうとしているようだ。
『PRISMIC』の発表以来、YUKIはいったい何を表現してきたのか。
そしてこれから、YUKIは何を表現していくのか。
オリジナル・アルバム4枚を振り返りながらの徹底検証です。


『PRISMIC』
PRISMIC

YUKIの生まれた場所
 どこか遠くを見つめながらそっと左手を挙げるYUKI。このジャケットは、クモの巣に捕らえられて身動きの取れなくなった少女にも、ひとりの人間の心に巣食う陰りにも見える。多分、どちらも正解なんだと思う。なぜなら、このアルバムはYUKIのすべてを受け入れる作品だからだ。YUKIの「逃避」も「絶望」も、そして「希望」も全部受け入れて、初めて成立するアルバムだからだ。私がすべて受け入れてあげるから、あなたはそこで人生を謳歌すれば良い。あなたはそこで歌い続ければ良い。『PRISMIC』のそんな限り無く優しい包容力、それはお母さんのお腹の中のイメージと似ている気がする。だから、YUKIは暴れまくる。腹を蹴る。泣きじゃくる。すべて本気でやる。バンドを解散させてどうしようもなくなった自分への開き直りやガス抜きなんて生易しいものではなくて、もっともっと大マジな自我の「解放」である。すべてを受け入れてくれる母性の中ですべてを「解放」させなければ、YUKIは何も始められなかったのである。それを、このアルバムを終わらせる最後の言葉は凄まじい説得力で物語っている。歌い続けるための「もう歌えないわ」という究極のパラドックス。その身動きの取れなくなった左手でいつか「J」の文字を作り出すために、YUKIは子宮という更地に自分を導いてやらなければならなかったのである。


『commune』
Commune

あなただって、立ち上がれる
 YUKI好きの友達から、本作1曲目“SWELLS ON THE EARTH”の個人的なイメージは「生きてて良かった~」だと聞いたことがある。そう言いながら本人もわけがわからなさそうだったが、これがあながちバカにできないのである。上で書いたとおり、『PRISMIC』は子宮内の話だからだ。まだ生まれていないのだ。“SWELLS ON THE EARTH”の憂鬱な1分50秒は、YUKIが生まれ変わり再び世界に落とされるまさにその瞬間なのである。そして『commune』と名付けられたこの新たな始まりを告げるアルバムは、その後のキャリアの指針となるべきYUKIのマニフェストである。つまり、私は何かと関わり続ける、と。『PRISMIC』が自分の感情のひとつひとつに火をつけていく強烈な内容だったのと違い、本作が様々なシーンでの様々な感傷とリンクしながらもそれを優しく包み込んだのは、YUKIはそれをみんなに伝えなければならなかったからだ。このアルバムが見せた穏やかな普遍への歩みは、誰かに寄り添う勇気を核心部分に秘めた彼女の、他でもない「強さ」だった。ジャケットでYUKIの後ろに延々と並んでいる人たちが、YUKIとまったく同じ恰好に身を包みながらもYUKIと似ても似つかない顔をしているのは、彼女たちがYUKIの内なる住人であると同時に、もうひとりの「私とあなた」だからだ。


『joy』
joy

『joy』というサバイブ
 今思えば、それまでベッドルームでくすぶっていた女性がいきなり金色のドレス姿で踊りまわるんだから、そこにはきっと凄まじい飛躍と戸惑いがあったんだと思う。でも、アルバム発表当時はそんなことを感じている余裕はなくて、ただただ本作の素晴らしくコンセプチュアルな内容に盛り上がっている自分がいた。YUKIのアルバムは得てしてコンセプチュアルなものだが、本作はそれを最もわかりやすい形で知ることのできる1枚。テーマはアルバム・タイトルが示すとおり、“joy”。余りにも誤解されすぎているのだが、ここで使われる“joy”は決していつもの意味では機能しない。音楽を「楽しむ」とか、そういう意味ではないということだ。Tシャツでもタオルでもパンフでも、当時のライヴ・ツアーで“joy”が常に“pain”という言葉と同列で扱われていたことを覚えているだろうか。「私の可愛い“joy”と“pain”」。それを共に背負いながら、それでも私は「死ぬまでドキドキしたい/死ぬまでワクワクしたい」。そう、YUKIは歌ったのだ。「楽しむ」では追いつけない。「謳歌」といえば少し汗臭くなるが、イメージとしてはそんな感じだ。だからこそ、「死ぬまで~」という歌詞はこの当時のYUKIにとって、かつての「もう歌えないわ」「立ち上がれ」よりも、もっと現実的な響きでサバイブを決意できる言葉だったんだと思う。


『WAVE』
Wave (通常盤)


世界を飛び立つYUKIについて
 個人的に、女の子のカリスマだなんだという以前にYUKIは究極の「言葉の人」だと思う。でも、それと同時にYUKIは究極の「ヴィジュアル・アーティスト」でもある。本作発表に伴って行われたイベントの「WAVE ROOM」が象徴的だ。アートワークとビデオと衣装に造作。それらすべての視覚要素と音楽と言葉が作用しあって、そこで初めてYUKIの世界は血の盛り上がりを見せる。そんな世界が熱を帯び始めた時、なんだかYUKIを包み込む空気感が自分を包むそれとは別次元のものに思えることはないだろうか。「YUKIワールド」とよく言われるそれを、僕は「浮遊感」と呼ぶことにしている。音も言葉も映像も、すべてが地面から浮き立って僕たちの頭上で舞い踊っているような気がするのだ。このアルバムからその浮遊感は一気に鮮やかさを増した。それは多分、“長い夢”のせいでもあるんだと思う。『five-star』収録曲の中でこの一曲だけが明らかに異質な存在感を放っていると感じたことはないだろうか。その特別な存在感こそが、そのままYUKIの浮遊感の正体だ。僕たちの世界を飛び立ち夢の世界に浮かび上がる時、YUKIはこの曲を歌う。正直言って、ひとつのアルバムとしてのどうしようもなく大マジな感じが本作からだけは未だに立ち上ってこないのだが、“長い夢”にだけは、YUKIの表現の真骨頂が、はっきりと鼓動している。


この4枚のアルバム以降、他にも3つの楽曲が発表されている。
“ビスケット”と“星屑サンセット”と“ワンダーライン”。
この3つのシングルはあまりにも決定的だった。
抽象的な言い方で申し訳ないが、YUKIは確実に次のステージに歩み始めている。
虹の反対側に向かって、YUKIは突き進んでいるのだ。
そこにはきっと、これまで以上の「何か」が待っている。
そんな予感をこれでもかというほどにここ最近のYUKIは発信している。
だからこそ、新たな地平に辿り着くために、
YUKIはこれまでの自分をいったん総括させなければならないのだ。
虹の向こう側で、YUKIはいったい何を手にするのか。
次のアルバムはもしかしたら『PRISMIC』を超えるかもしれないと
僕は本気で思っているのだが、どうだろう。
今年、3月から5月にかけてYUKIは3年ぶりの全国ツアーを敢行する。
次のアルバムの発表はもう目の前なのかもしれない。
その日が来るまで、ずっと見守っていようと思う。
スポンサーサイト



23:47 | 徹底検証 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑
好きな俳優は | top | タイトルなし

コメント

#
はじめまして^^
私もYUKI好きでちょこちょこ聴きますがファーストから次のアルバムに行くにつれてすごくポップになってると思うんです。
ワンダーラインも、星屑サンセットもすごく違うYUKIワールドで好きです。やっぱり、新しい扉を叩いているんだろうなぁと思いますし。ニューアルバムはきっと新しいYUKIが見れるかもしれませんね。

またお邪魔しますv
by: ミカンズン | 2008/02/09 09:29 | URL [編集] | page top↑
#
初めまして!

ざっくり言えば、ファーストはポップかどうかなんてどうでも良かったんだと思いますよ。
joy以降はYUKIの立ち位置がどんどん高くなってるせいか、ここ最近のシングルはもうすでに人間離れしてあっちの方から響いてくるみたいです。
次のアルバムはどうなるでしょうか。
ものすごく期待してます。

はい、文字で埋めつくされているめんどうなブログですが、また遊びに来てください!
by: 幸大→ミカンズンさん | 2008/02/09 11:59 | URL [編集] | page top↑

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://overtheborder.blog64.fc2.com/tb.php/308-b09ca80d