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No.1

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In Rainbows / Radiohead
In Rainbows



「あなた次第」
 07年は絶対にザ・ビューだ!いや、もしかしたらホワイト・ストライプスかも!ブルース・スプリングスティーンも良いぞ!というふうにNo.1を選ぶ時には二転三転して自分でもわけがわからなくなってしまったのだけれども、候補作品を一から聴きなおしてみて、最終的にはやっぱりこのアルバムに決めた。やっぱり、07年はレディオヘッドの『イン・レインボウズ』でしょ。

 レディオヘッドの音楽はこれまで常になんらかのアンチテーゼとして機能し続けてきた。既存のシーン、ロックそのもの、自分自身、世界……その矛先はありとあらゆる存在・事象へと向けられ、自分たちを取り囲む全方位に批判的な視線を送る彼らの在り方は人によっては気の狂った偏執バンドにしか見えなかったかもしれない。しかし、レディオヘッドというバンドがもし存在しなかったらロックはそれこそ「死」を迎えていたかもしれないということを忘れてはいけない。ロックに誰よりも批判的なこのバンドがいたからこそ、僕たちはその批判の向こう側で冷静に「今のロック」を対象化し、客観的に見つめ直すことができたのだ。

 通算7作目となる本作『イン・レインボウズ』。その発表は、今思い返してみてもあまりに突然だったと思う。「やるぞ!」という声が聞こえた1週間後には、バンドの公式な海外サイトからのダウンロードが開始された。だが、唐突な発表の数百万倍もファンを驚かせたのは、購入ページに浮かび上がる「It’s up to you(あなた次第)」の文字――つまり、買い手が作品の価格を自由に決めることができるという極めて思い切ったアイディアだった。
 インターネットでの音楽配信が普及して以来、音楽業界は急速に矮小化を進めたと思う。インターネットという素敵過ぎる新たな可能性の下にアナログなリスナーは切り捨てられ、音楽を聴ける場所が限定され、業界は自分たちが最優先したデジタル派にまで規制を押し付けるだけで一向にサービスは向上されない。そんな状況じゃあ、そりゃあ今の時代に音楽に熱心になることは、とにかく効率が悪くて、退屈で、イケてない行為だと思う。漫画とかスポーツ観戦とかの方が面白くて当然だと思う。だからこそ、インターネットならではの特権を逆手にとったレディオヘッドのアイディアは、退屈すぎる音楽業界への最もラジカルなアンチテーゼとして成立していた。後でちゃんとCDとアナログのボックス・セットを発表したのも良いよね。アナログLPとCDとデジタル配信。『イン・レインボウズ』の発表形態は、あらゆる可能性を否定しなかったんだから。そう、このアルバムの発表形態はあらゆる可能性を否定しなかった。もしかしたら、それこそが本作の最もラジカルな部分なのかもしれない。そして、それは本作の純音楽的な魅力にも当てはまる。

 レディオヘッドのメロディは美しい。『パブロ・ハニー』の時からずっとそうだ。でも、それはあくまで「メロディ」に限定した美しさであって、楽曲の耳障りや空気感は歪んだギター・ロックの初期時代からロボットのごとく冷酷なエレクトロ・サウンドに移行した21世紀作まで常にどこか気色悪さを孕んでいたし、彼らにとってそれは自分の生きている世界・時代に抱いてしまう違和感の音だった。「月の裏側」とでも言うべき美しさと残酷さが共存する矛盾。それがレディオヘッドのサウンド理論であり、その矛盾こそ彼らがアンチとして機能する一番の理由だった。『イン・レインボウズ』ではどうなのか。このアルバムは「美しい」。そしてその「美しさ」が何よりも決定的だ。ひとつひとつの音がいとも簡単に耳に馴染んでくるのだ。あらゆる理屈から離れて「美しい」のだ。このアルバムはアンチとして響かない。むしろ受け入れるために音を響かせている。そんな感覚だ。多分、このアルバムはレディオヘッドというバンドがレディオヘッドであるということを初めて受け入れた作品なんだと思う。そしてピアノの音色がこれまでになくオーガニックに響く最終曲“ビデオテープ”。その中で、トム・ヨークはこんな言葉でこのアルバムを終わらせる。「だって僕にはわかったから/今日という日がこれまでで一番完璧なんだと」。
 「今日という日がこれまでで一番完璧」とはいったいどういうことだろうか。毎日が一番完璧、「完璧な日」は毎日更新される、ということだろうか。うまく表現できなくて本当に申し訳ないのだが、それはつまり「虹」である。某インタビュー記事によると、本作“イン・レインボウズ”の着想にはトム・ヨークの過去の経験がバックグラウンドとしてあると言う。その経験とは、遥か彼方で弧を描く虹を走って追いかけたという他愛もないことだ。だが、トム・ヨークは気付いた。「虹を追いかける」という行為には世界の本質がある、と。

 レディオヘッドというバンドがあそこまで様々なものに批判的であり続けたことには、先天的な衝動ではなく、常に彼らなりの理由があった。要はどうしても納得のいかないことからの絶望や誤解が常に世界中に蔓延しているからだ。そして、逆転して考えると、世界に対して批判的であるということは、自身の中に確固たる理想が息衝いているということだ。本作でレディオヘッドはついにその理想の正体を明かした。「虹」である。
 誰にでもわかる通り、虹を追いかけて走り続けても追いつくことなど決してできない。がむしゃらに田舎町を走り続けたという当時のトム・ヨークにだって、そんなことはわかっていたはずだ。しかし、トム・ヨークは今も走り続けている。「虹」という「理想」に向かって。なぜなら、それこそが彼の気付いた「理想」、はたまた「希望」の本質だからだ。絶望と欺瞞と裏切りと勘違いがうようよしているこの世界で、それらすべてを受け入れ妥協するか、数十メートル先のコンクリートの地面に自身を悲しみとしてぶちまけるか、辿り着けないとわかっていながらも「虹」を追いかけるか――。「虹」を追いかけることをやめて日常の世界をリスタートさせた時、すべては終わる。もしかしたら逃避的なニュアンスで伝わってしまうかもしれない。その逃避臭も決して間違いではないと思う。なぜなら、このアルバムからムクムクと頭をもたげる「希望」は、この世界がそんなどうしようもない場所だという大前提のもとに成り立っているからだ。これまでのように世界の在り方を否定するのではなく、世界のどす黒さを初めて認めたからこそ、レディオヘッドは本作で『イン・レインボウズ(=虹の中)』という誰も踏み入れたことないまったくの新地が存在する方角を示す必要があった。そこへ辿り着くことなどできない、ということを理解した上で、である。走り続けることで「希望」を架け続けるか、すべての動きを止めて「希望」を投げ捨てるか。レディオヘッドは否定しない。なぜなら、すべては「It’s up to you」――「あなた次第」だからだ。

 絶望だらけの世界の在り方を認めるアルバム。つまり、前作『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』までそんな世界を否定し続けてきたレディオヘッドというバンドの在り方も同時に認めるということである。レディオヘッドの15年が、ここにゆっくりと集約されていく。そして、レディオヘッドの在り方を認めるということは、時に自身すらも否定してきたこのバンドにとって、これまでのレディオヘッドをここで終わらせるということである。本作以降、レディオヘッドが作品をひとつも発表しないことは十分にありうる。だが、きっとそうはならないだろう。なぜなら、レディオヘッドは「虹」に向かって走り続けるバンドだからだ。「あなた次第」。この言葉を自分たちが受け取った時、選択肢は走り続けることしかない、と本作で明かしたからである。この言葉は、計算ではじき出されたすべてを受け入れる最大公約数ではない。もちろん、能天気なオプティミズムでもない。あらゆる可能性を潜り抜け、苦悩を繰り返した者だからこそ見つけられた「出口」である。だからこそ本作の音にはかつての「怪物」性も、無機質な「ロボット」の印象もない。本作の音の美しさが、他でもない、悩める「人間」によるものであることさえも、この言葉の説得力は物語っている。それはきっと、始まりをも告げているんだと思う。「出口」という「入り口」を照らしているんだと思う。新しいレディオヘッドは、もうすでに始まっているのだ。

 07年10月にダウンロード配信が開始、12月には決定的なリリースを迎え、本作は様々なアクションを引き起こした。配信形態の衝撃の高さゆえに見えにくくなっているところはたくさんあるが、その発表形態も含め、本作は多くの既存の概念をぶち壊した。それは、ロックすらも例外ではない。07年、このアルバムの発表で、ロックは一旦終わった。そして今、この08年に、またロックを続けるかどうか、ロックに新たな「入り口」を見出すかどうか――すべては、「あなた次第」なのだ。
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