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No.7

自分の何かを変えた作品ってありますか?
僕には「これ!」って思える映画がひとつあります。
もう何回も書いてる、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。
あの映画以降、本にしても音楽にしても映画にしても、
そこに描かれてるものの「その先」をこれまでになく意識するようになったなと思う。
それを教えてくれたのは、
あの映画の監督を務めたラース・フォン・トリアーではなくて、
絶対に主演のビョークの方だったと思う。
フィオナ・アップルにしてもアラニス・モリセットにしても、
最近だったらリリー・アレンなんかにしても、
みんな存在感はどぎついし、それ以上に良い音楽をやってる。
でも、ビョークがそんな多くの優れた女性シンガーを圧倒的に振り切って
一人だけで先へ進み続けているのは、
彼女にはあの映画みたいな表現ができるからだと思う。
ビョークの表現だけは、奥行きが全然違う。
ただ不幸なのは、僕の表現力なんて、彼女のそれには足元にも及ばないから、
その奥行きなり表現の凄みなりを的確に伝えられないっていうこと。
とにかく07年ベスト・ディスクのNo.7はビョーク。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を初めて観てからまだ1年余りしか経ってないので、
僕の「何か」が変わって以来、初めてリアルタイムで聴いた彼女の作品です。

No.7
Volta / Björk
Volta



怒りのアニミズム
 いつその音楽と関わり始めたかによって、ビョークのイメージというものは結構変わってくるような気がする。僕の場合、それは00年代に突入してしばらくしてからだったから、僕にとってビョークのマイルストーン的な作品は『ヴェスパタイン』だったし、今でもあのアルバムが一番好きだ。しかし、『ヴェスパタイン』というアルバムはビョークの表現が内向きなフィーリングに傾き始めた、ある意味転換期となった作品で、その後に続いた実験アルバム『メダラ』と共に彼女のキャリアに深い奥行きを与えた作品でもあった。ここでいう奥行きとはつまり光と影のコントラストであり、白と黒の世界だった。だから、本作『ヴォルタ』に関する資料写真に写った「歩く極彩色」のごときビョークの姿を見た時には、一瞬とはいえ呆気にとられてしまった。しかしよく振り返ってみると、ビョークのヴィジュアル・イメージというのは元来カラフルなものであって(『ポスト』などが特にそう)、本作はその色彩を取り戻した作品だといえるかもしれない。それにしても、全身を塗りつくすこの色彩は目が覚めるほどに極端だ。ビョークがここまで極端な色に染まらなければならなかったのは、同じく00年以降に発表された『ヴェスパタイン』『メダラ』の2作があくまで人間視点から「人間」と向かい合った作品だったのと違い、本作が「人間」という世界を奈落に引きずり込んだ元凶そのものを一旦自分から引き離して対象化させる作品だからだ。だから、本作においてビョークは絶対に非人間的な存在でなければならなかった。非人間的な立場から「人間」を見つめ直した時に湧き上がる怒りと嘆きを、『ヴォルタ』は表現しなければならなかった。それが07年という世界が身動きの取れなくなったこの時代にもっともふさわしい方法論だと彼女は知っているのだろう。一方的に唾を吐きかけるだけでは世界を変えることなどもはや不可能なのだ。僕たちはすでにそういう局面に立たされているのだ。彼女が本作で示したように「人間」というこのやっかいな生き物を、僕たちもそろそろ対象化する必要があるのではないだろうか。
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