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No.20~No.11

今月発表される新作に向けて、
マーズ・ヴォルタやレニー・クラヴィッツの作品をおさらいしています。
今はマーズ・ヴォルタの『フランシス・ザ・ミュート』を聴いていますが、
いや、やっぱりこいつらは凄いですね。
新作でまた自身のロックを更新できるか、期待です。
さて、今日もどんどんレヴュー載せます。
今日はNo.20~No.11の10枚。
ようやくここまで来たかという感じ。
No.10からは1作ずつ紹介しようと思います。

No.20
Once Upon A Time In The West / Hard-Fi
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト



「どうしようもない」自分を投射してこそ成り立つ芸
 今見たら別にそうでもないけど、アングルによってはボーカルのリチャードと小島よしおって結構似て見えるなぁと思って以前はゲラゲラ笑っていた。そこでふと考えてみたのだけど、小島よしおとハード・ファイって、もしかしたら深奥部で似通っている存在なのかもしれない。自分がその内世間から飽きられ、見捨てられる一発屋であることを自覚して、それでも「そんなの関係ねぇ!」と勝手に開き直る小島よしお。あくまで郊外のワーキング・クラスの一員として社会の底辺から雄叫びを上げるハード・ファイ。両者はその「どうしようもない」ところで共通し、そしてロックだ。自分の置かれている「どうしようもない」状況を受け入れることから始まる新たなポテンシャルの象徴として、両者の叫びは07年に響いていた。それは一連のお笑いブームを通過しお笑い界全体が底上げされ、どうしようもないスカミー・マンの日常を歌うアクモンという最強の語り部が誕生した、今という時代においてでも、である。それぞれの芸からはどう考えたってさんまやトム・ヨークは生まれない。だが、両者は間違いなく07年を示す異端のスターとして成立していた。とまぁかなり強引に、大袈裟に結び付けてみました。音楽的には、クラッシュ悶絶のビート炸裂で「捨て曲なし」の本当の意味を教えてくれる傑作です。

No.19
We Were Dead Before The Ship Even Sank / Modest Mouse
We Were Dead Before the Ship Even Sank



全米1位のストレス
 働くことや生きていくことに空しさを感じてしまうことってないだろうか。なんで自分はこんなに頑張っているんだろう。身を削って働いて、それで一体何になるっていうんだろう。そんな虚空に陥って死までのモラトリアム期間を過ごしている大人って、結構少なくないのではないだろうか。そんなご時世だからこそ、とあるインタビューでのジョニー・マーの「僕は、83年に人に知られるようになった人間かもしれない、でも、僕は、本当に、07年を生きているんだ」という言葉には思わず涙しそうになった。あまりにも当然のことだけど、でも、これなのだ。この、自分が紛れもない「今」という時代の空気で呼吸をしているという強い意識こそが、ジョニー・マーをロックへと向かわせるモチベーションの全てなのだ。そして彼をこのモデスト・マウスに誘い込んだアイザック・ブロックという男も、そういったことに敏感な人間のひとりなのだろう。沈みゆく一艘の船の上で繰り広げられる「現実」という名の終わりなき労働と暴力の物語り。今聴き直してみると、そんな現状に腹を抱えて大笑いすることで世界の残酷さを少しでも効率良く受け止めようとする冷静な作品にも聴こえてくる。自殺するのは勝手だが、その前にこのアルバムを聴いてはもらえないだろうか。船からの脱出法は、「死」以外にもあるかもしれないのだ。

No.18
Some Loud Thunder / Clap Your Hands Say Yeah
Some Loud Thunder



全てを繋ぐ「いびつ」さ
 07年はブライト・アイズやデヴェンドラ・バンハートなどのUSインディ勢が堰を切ったように傑作アルバムを連発した1年だったが、今年最も初めに注目されたのはこのバンドだった。というか、USインディというある意味内輪なコミュニティとメジャー・シーンを含めた表世界との対話そのものに先頭を切ってチャレンジしたのもまた、このバンドだった。その対話を実現させたのが、前作の『クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー』である。曖昧でわかりにくい世界だからこそ独自のいびつさでそんな世界と繋がろうとした前作。本作は前作同様に自主リリースという形で発表され、楽曲のバラエティの豊かさと世界を見つめるユニークな視点、そして彼らが再び世界と繋がろうとしていることを、更に深化されたいびつさで表現したアルバムだ。この作品が07年を象徴する「USインディの隆盛」の口火となったことは言うまでもないが、それ以前に彼らがベッドルームからまた一歩外の世界へと近づいたことを証明するアルバムでもあった。冒頭曲の“サム・ラウド・サンダー”を聴いた時には、CYHSYというバンドが自分たちの音楽のいびつさがどんな意味を持っているのかをしっかりと握り締めているような気がして、あのわざとらしく激しい音割れでさえ、温かくて、心地よかったです。

No.17
Infinity On High / Fall Out Boy
Infinity on High



決定打
 このアルバムはすごい。これが認められないのなら、エモなんてさっさとなくなってしまえば良いとすら思う。若者の自殺や自傷行為を助長するというエモへの勘違いを含んだ偏見や女々しすぎる泣きのメロディには耐えられんという傾いた趣向のすべてをすり抜けて、もっと多くの心にこの音楽が届くことを願っている。前作でめでたくメジャー・デビューを果たし、日本の若い層にまで名前の知られることになったフォール・アウト・ボーイ。以前から“ダンス、ダンス”などは確かにすごかったが、エモ界の若きエースとしての立ち位置も本作でようやく板についてきた。アルバムのトータリティは格段に引き上げられ、“スリラー”~“ザ・テイク・オーヴァー、ザ・ブレイクス・オーヴァー”の流れなどには凄まじい高揚がある。“アームズ・レース”“サンクス・フォー・ザ・メモリーズ”“カーパル・トンネル・オブ・ラブ”……など挙げ始めたらキリがないほどのキャリアを代表する名曲が次から次へと展開される曲群も本当にすごい。一曲一曲が合わせ持つ、一切の綻びも迷いも見せずに埋もれた本音と妄想を徹底して世界に曝すエネルギー。そんなエモという表現の真骨頂として07年に鳴り響いた決定的な1枚。このアルバムの勢いが、現在進行形で無敵のロックとしてあり続けているエモという表現のすべてを物語っている。

No.16
Underclass Hero / Sum41
Underclass Hero



再び降り立った俺達のヒーロー
 サム41・イズ・バーーーーーーーック!!1枚のアルバムを聴いて、こんな風に心の底のもっと奥の方から思い切り「おかえり!」という言葉を引っ張り出せる経験なんて、そんなにしょっちゅうあるもんじゃないと思う。その作品を発表したバンドがデビュー当時からずっと応援し続けてきた連中なら、なおさらのこと強く快哉を叫びたくなるはずだ。再生ボタンを押して“アンダークラス・ヒーロー”が鳴り始めた瞬間、僕の意識は仲の良かった洋楽仲間と一緒に“ファット・リップ”を歌いながら家路についた「あの頃」に完全にフラッシュバックしていました。個人的な話になってしまったけど、デビュー当時のサム41最大の魅力は、シーンも社会情勢も時代の空気も何にもわからなくても、日本の中学生にだって口ずさめる能天気なキャッチーさだった。そこから彼らの表現は徐々にカーブを描き始め、似合わない切迫とやかましいハード・ロックを経験し、07年、本作へ辿り着くのだ。仲間で集まってバカ騒ぎするような「あの頃」のノリがいくつかの曲で復活したのも本当に頼もしいが、世界の酸いも甘いも経験したデリックのリリックにようやく「サム41が本当に伝えたいこと」が宿ったことの感動も大きい。「大統領は死んだ!」という危険なアナウンスと共に、最下級のヒーローはここに帰ってきた。

No.15
Neon Bible / Arcade Fire
Neon Bible



漆黒の鏡が映し出す滅び逝く世界
 レディオヘッドの新作がCD化を待たずに突如として商売っ気のない海外HPからのみの先行ダウンロードという発表の形を取られたのは、ビジネス至上主義のレーベルを通過することで作品の本質が見えにくくなることを避けた結果なんだと思う。アーケイド・ファイアの本セカンド・アルバムが全世界統一盤として発表されたのも、根本的には同じ理由だと思う。それだけ力を入れた作品だということだ。当然日本語訳はついていないので自力で訳さなければいけないのだが、『ネオンの聖書』と題された本書に書かれていることをくみ取っていくと、この楽団をひとつに纏め上げている意識が他でもない「いつかやってくる世界の終わり」に向いていることがわかる。いつかはわからないが、絶対にやってくる。いつかわからないということは、明日かもしれないということだ。無関心はやめろ。危険すぎる。だが「車を走らせて逃げろ!(“キープ・ザ・カー・ランニング”)」と必死に啓発したところで走りだす車なんて一台もないことを彼らは知っている(“ノー・カーズ・ゴー”)。それでも、アーケイド・ファイアは叫ばなければならなかったのだ。なぜなら、彼らにとって音楽とは宗教精神も脅迫観念も古代妄想も受け入れてくれる、ただひとつの場所だからだ。たった1枚でそのすべてを説明し尽くす、凄まじいアルバム。

No.14
Mirrored / Battles
Mirrored



最先端を告げるロック
 僕たちの世代の場合、それは普通リバティーンズやストロークスらへんで経験する直感だと思うのだが、今の若い人たちはどんなバンドで感じるものなのだろうか。「あぁ、これがロックか」という自分の中でのロックという音楽の意味付けというか定義というか、とにかくそういった感覚的で曖昧なんだけど一生ブレることのないような、絶対的な「計り」が出来上がる瞬間が、長い間ロックを聴き続けているとなんの予兆もなくやってくる。アクモンやビューなら何も問題はないのだが、もしこのバトルズを聴いてロックを直感する若者がいたら、正直言って怖い。そんな連中がバンドを組んで、このロックを更に先へと向かわせてしまったら、もう全く予測不可能な世界になってしまうのだ。07年におけるロックの自由性をフルに活用した歌モノからインストからそれ以外の「何か」まで完成させたバトルズのデビュー作。シーンの最前線に押し出すにはあまりにも十分すぎる革新。ポスト・ロックにプログレを掛け算したようなこの極めて理系なサウンドは一般にマス・ロックと呼ばれているが、そんな形式上のタームを遥かに超えた次元にこの音楽が存在することは間違いない。「バトルズ以降」の価値観が押し寄せて来る前に、僕たちはロックをもっと大きく振り切ることの出来る計りを用意する必要があるのかもしれない。

No.13
Oblivion With Bells / Underworld
オブリヴィオン・ウィズ・ベルズ(DVD付)



比類なき抽象性
 ダレン・エマーソン加入後に発表されたアンダーワールドとしての正式なデビュー作から今年で約15年というベテランのキャリアを持つ彼らに今更こんなことを言うのも変な感じだが、アンダーワールドがやっているのは「言葉の音楽」ではない。かといって、ダンス・フロアで人々をハイにさせるためだけの「興奮の音楽」でもない。彼らが長年やり続けているのは、目に焼きついたシーンのアブストラクトな輪郭を伝えることであり、脳内にブクブクと膨れ上がるイメージの再現であり、要は「抽象の音楽」だ。言葉は抽象を伝えるためのツールとして存在し、アートワークは全体の雰囲気を曖昧につかみ取るための重要なヒントとして作用する。どす黒い影に覆い尽くされた町や上空写真のようなものが何枚も並べられた手の込んだブックレットにはぜひ一度目を凝らしてみてください。丸焦げの車、監視社会、郊外の日常といったものをメランコリックにつかみどころ無く鳴らしながら、本作の世界観はまるで脳内に様々な色のインクを垂らすような浸透性で成立していく。そんなアーティスティックな才能を余すところなく発揮しながらもライブやフロアへもきちんと目を配る。こんな連中、他には絶対にいない。世界にただひとつの「抽象の音楽」。本作はその中でも比較的開かれている1枚だと思います。好き。

No.12
Chase This Light / Jimmy Eat World
Chase This Light



エモを超えて
 これはもうエモなんていう曖昧で都合の良い範疇に収めておくべき作品ではない。ここには、07年最高のメロディが詰まっている。若い人はきっとマイケミとかフォール・アウト・ボーイの方が好きなんだろうけど、やっぱジミー・イート・ワールドでしょ。一回目で大感動、二回目で大合唱。「キャッチー」や「ポップ」を完全に飛び越えた、そんな凄まじいアルバムだ。彼らには、マイケミが『ブラック・パレード』で築き上げた壮大なヴィジョンも、フォール・アウト・ボーイのファッショナブルさもテクもない。ただ、この人たちは「知っている」。ロックを、エモを、自分たちのメロディを。もちろん、無意識的に、感覚的に、だ。その絶妙なさじ加減で、彼らの音楽は決して軽くなることなく、どっしり構えた重心の低い極上ソングとして成立している。それが、どれだけすごいことかあなたはお分りだろうか。これまで常にエモの「その先」を示す存在であり続けてきた彼らが「この光を追え=俺たちについて来い」と掲げたと思うと、長年のファンとしてはめちゃくちゃ感慨深い。“ビッグ・カジノ”~“エレクタブル”の流れには、「これぞジミー・イート・ワールド!」な光がある。まだこんなメロディが残っていたとは、ひたすら感激。「オッオー、オッオッオッオー、オッオー、オー!」は最高!

No.11
Myths Of The Near Future / Klaxons
Myths of the Near Future



瞬間で創造される神話
 07年、最も危険な40分。クラクソンズの本デビュー・アルバムにコピーをつけるならこんな感じか。07年に猛威を奮ったニュー・レイヴという現象の全てが音の洪水と化してあらゆる障害・抵抗を脇へと押し流し、未来に向かって突き進んで行く。乗り遅れるな。ムーブメントなど秒速で散ってしまう。だからこそ「今」というこの一瞬に全てを集中しろ。刹那に光れ。クラクソンズが提唱したニュー・レイヴの中身とは、メディアや受け手の冷めやすく軽薄な反応に誰よりも意識的な故に「今」というこの瞬間に全てを吸い寄せるエネルギーと集中力を発揮してみせるという、そんな凄まじく爆発的なものであったのだが、今この1年間を振り返ってみて気付くことは、そういう意味での正真正銘のニュー・レイヴ・アルバムは、07年にたったの1枚しかなかったという紛れもない事実である。誰一人としてクラクソンズの真似は出来なかったという、07年に突如現れたブラックホールのごとき不可解な神話なのである。これ以降、クラクソンズが新たな作品を発表しなくても僕は何も不思議に思わないだろう。むしろその方が合点がいくというものだ。クラクソンズは見事出し切ったのだ。一瞬で輝き、そこに刹那を刻んだのだ。そして、誰もそれを忘れることなど絶対に出来ないだろう。
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コメント

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はじめまして。ブログ閲覧、ありがとうございます。
年間チャートTOP50とても面白いです。僕も自分オリジナルのチャートとかよく作りますけど、参考になります。
特に自分はSUM 41などのノリのいいパンクロックが好きなんですが、やっぱりSUM 41 is BACK!!!!という感じがしましたね。
BEST 10の発表も楽しみにしてます。
よろしければ相互リンクを張りたいのですが…
ぜひお願いします。
by: Dragon T | 2008/01/13 22:56 | URL [編集] | page top↑
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初めまして!
こちらこそコメントありがとうございます。
年間ベスト・アルバム50、かなり個人的な思い入れで選んでいるので信憑性は欠けますが(笑)、そう言っていただけると嬉しいです。
ありがとうございます!
Dragon Tさんのブログ、リンクに加えさせていただきました。
こちらの方こそ相互リンクお願いします。
これから遊びにいかせていただきます!
by: 幸大→Dragon Tさん | 2008/01/14 01:40 | URL [編集] | page top↑

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