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No.30~No.21

一昨日に全然眠れなかったせいか、
昨日はご飯を食べたらすっかり眠りこけちゃって、
変な時間に目が覚めてしまってこんな朝っぱらからの更新です。
特に書くこともないので07年ベスト・ディスク50の続きを。
今日はNo.30~No.21の10枚を紹介。
こんなペースでレヴュー載せてるブログなんて他にないぞと一人で悦に入っています。

No.30
Ten New Message / The Rakes
Ten New Messages



世界との隙間を埋める音楽
 環境問題だとか動物虐待だとか、いつもは何にも気にしていないくせに議題のテーマかなんかになったりすると途端に「反対!」と叫び出す人がいるけど、僕にはああいう真似は出来ないなぁ。温暖化にしても虐待にしても正しい答えは決まりきっていて、みんなそれをわかってる。でもそれを日ごろから実感していない限り、突然口に出すのはなんだか自分じゃないみたいでイヤだ。戦争の場合でも一緒。戦争なんて絶対にあっちゃいけない。戦争が正しい手段であるはずがない。でもそんなこと、いつもは考えない。だから「戦争反対!」とむやみやたらに叫ばれてもなんだか説得力がないし、そのままじゃ僕の心にはなかなか届かないのだ。レイクスも、そういう違和感を抱えて21世紀を生きている連中なんだと思う。日常からいきなり「戦争反対!」に飛躍するのには少し無理がある。まずは自分たちの足元を見つめなおすことから始めなければいけないのだ。自分たちの日常を一旦音楽というフォーマットに投射し、そこから今を生きるということがどういうことなのか、それは自分個人にとってどういう意味を持っているのか、そこをひとまず理解しないことには彼らは何も始められなかったのだろう。そういう意味で、「世界はめちゃくちゃだけど彼の髪型はパーフェクト」という言葉は混乱した世界と日常を繋ぐ、07年究極の1行だった。

No.29
Traffic And Weather / Fountains Of Wayne
Traffic and Weather



ファウンテインズが立証する奇跡のポップネス
 僕は世代的にリアルタイムで経験できなかったけど、ニルヴァーナが特にアメリカのロックに与えた影響力の凄まじさは、やっぱり特別なものだったんだと思う。90年代初頭に隆盛を迎えたグランジ以降の数々のロック・アルバムを聴くだけでそれは簡単にわかる。今すぐにでもあなたのCDコレクションの中からその時期の作品を1枚抜き取って聴いてみて欲しい。グランジ以降のアメリカン・ロックは、多かれ少なかれオルタナティヴ/ヘヴィ・ロックの影響を受けている。なぜなら、それがニルヴァーナの提案した「ロックのかっこ良さ」の基準だからだ。そうでなければロックにあらず、とでも言おうか。それが意識の奥底で未だに根を張っているアメリカン・ロックにおいて、ファウンテインズ・オブ・ウェインが鳴らしているものは明らかに異質である。彼らだけがアメリカン・ロックの移行を経験していないわけではないのだ。むしろ10年以上のキャリアを持つ古株なのだ、彼らは。それなのに4年ぶりとなる本4作目でも未だにキラッキラのポップネスを維持。“ホテル・マジェスティック”なんて、もうマジックどころか本当に奇跡としか思えない。前作もそれなりに評価はされたけど、まだまだ彼らのやっているオリジナリティのすごさには相応しくないと思う。曲もまた良くなったし、本作でもっと評価されて欲しい。

No.28
Myth Takes / !!!
Myth Takes



本能を躍動させる「シャッシャッシャ、ドュビ」
 今でも一部のアフリカの民族とかはそうだろうけど、もう何千年も前から、楽器と呼べるような立派なものが誕生するずっと前から、人間は物と物をぶつけ合ってリズムを作り出し、それで踊っていたのだ。今思うと、とても不思議だ。言葉もあらゆる生活必需品もろくに発達していなかったその時代に、人はなぜ踊ろうとしたのか。人間は激しいリズムやビートを与えられると、なぜ自然と体が動いてしまうのだろうか。もしかしたら物凄く本能的な行動なのかもしれない。人間の本能的な部分にエグいぐらい働きかける振動なのかもしれない。そこでこの、!!!のセカンド・アルバムとなる本作だ。前作より確実に震度の増した快作。同レーベル、WARPに所属するバトルズが最先端のサウンドを武器にロックを前に進めたのと違い、!!!は原始的・野性的なファンクネスで07年のロックの最前線に躍り出たバンドだ。つまり、共に最前線でロックを牽引する存在でありながら、バトルズは革新に対する聴き手の知的な興奮や好奇心に訴えかけた一方で、!!!は聴き手の本能的な感覚を思い切り揺さぶるプリミティブなビートで勝負に出たということだ。最新アートと原始の衝動。ロックの先鋭性や可能性の尺度が凄まじいところまで広がっていることを示す、07年非常に興味深かった作品。

No.27
Costello Music / The Fratellis
Costello Music



ギタポの真髄ここにあり
 ランブル・ストリップスもジャック・ぺニャーテもピジョン・ディテクティヴズも質の良いギター・ポップをやっていると思うけど、07年一番勢いがあったギタポ・バンドは間違いなくこいつら。本国での正式なアルバム・リリースは06年で、リリース当時からそれなりに盛り上がってはいたが日本でのリリースは07年の3月のこと。「パラッパッパラ~」で一躍有名になった“フラットヘッド”はiPodのCM曲に留まらず、テレビでも店頭でも、とにかくあちこちで流れまくっていた。このバンドのすごいところは、ギター/ベース/ドラムスの演奏全体が一丸となって繰り出してくるKOパンチのようなアタックの強いビートとリズムの連打が生み出す圧倒的な活きの良さだ。メロディの能天気さや単純な明るさだけでは人を心から揺さぶることはできない。聴き手はそんなにバカじゃないのだ。07年、フラテリスがあれだけ多くの人たちを魅了したのは、極上の酔いどれメロディを前へ押し出す「バーン!」という音の洪水が、一撃で聴き手をとらえる凄まじい力を持っていたからだ。音楽の聴きやすさや雰囲気の軽さに反して、そのサウンド理論は無駄な隙間のない高いクオリティを誇っている。人を食ったようなシニカルなリリックは彼らの愛嬌のひとつだろう。「ポップ」ってやつは、やっぱりこうあって欲しい。

No.26
Kala / M.I.A.
カラ KALA



未だ知られざる音楽
 iPodのシャッフル機能を使ってランダムに曲を再生させて、ディスプレイを見ないようにして「これは誰の曲かな~」という遊びをよくやるのだけれど、M.I.A.の楽曲は聴きこんでいる・聴きこんでいないに関わらず一発でM.I.A.だとわかる。なぜならこんな音楽、他のどこにもないからだ。ニワトリの「コケー!」で民族意識をアピールし、ブルース・リーの顔が緩みきってしまうようなセクシーな「アチャー」でミステリアスな魅力を発揮、銃の「バンバン!」とレジの「チン!」だけで誰もが隠し持っている本音を暴露する――こんな音楽、あなたは聴いたことがあるだろうか。デビュー作が素晴らしすぎる内容にも関わらず不発に終わっただけに変わらないクオリティで再び世界に挑戦した本作ではもっと盛り上がって欲しかったが、07年を振り返る様々な企画ではネタが尽きてエロの世界に足を突っ込んだブリちゃんの方がM.I.A.よりもずっと活躍していて、首を傾げずにはいられません。過激な歌詞や発言ひとつ取ってみても、安全圏から飛び出すその活きの良い姿勢は07年においてもまったく光を失わなかった。「異端」であり続けながらも21世紀ただ1人のダンス・ミュージック・クリエイターとしてシーンを現在まで引っ張ってきた功績も忘れてはいけない。だからこそ、もっともっと多くの心に届いて欲しい。

No.25
Back To Black / Amy Winehouse
バック・トゥ・ブラック(期間限定特別価格)



07年、ただひとつの存在感
 07年はリリー・アレンもシングルを発表したし、ケイト・ナッシュもいたし、M.I.A.だって大活躍だった。ここ最近のUKの女子力は本当に凄まじく、彼女たちがもっと日本でヒットしちゃったら男子の弱体化が一気に進行するんじゃないかとうっすら心配してしまうほど。この人の名前が英語の授業のテキストに出てきた時は冷や汗モノでした。それは冗談だけど、僕とネイティブの先生以外には誰ひとり彼女の名前すら知らなかったのはかなり寂しかった。日本での浸透率はまだまだその程度というわけだが、ジャズ/ブルースを通過した圧倒的な歌唱力で「私はリハビリなんて行かないわよ、ノーノーノー」と堂々宣言した彼女の、ドラッグとアルコールとタトゥーで一層ドギツさを増したその存在感に07年のロックはどれほど活気付けられたことか。激ヤセだなんだというゴシップ報道やスーパー問題児的な生活態度が10代の女の子へ悪影響を及ぼすだの、分かりやすいが生きにくい生き方故に本国メディアからは恰好の標的にされているようだが、音楽に自分の人生を躊躇なく投射する彼女の強さに胸を打たれた女の子が日本のどこかにもいたら素晴らしいと思う。これは関係ないけど、イメージが強すぎるせいでついつい大柄な女性を想像していたんですけど、PVを見ると案外小さい人みたいです。それでも髪型の存在感は人一倍でした。

No.24
Idealism / Digitalism
デジタル主義(初回限定盤)



ボーダレスすぎるアイディア
 ダフト・パンクと対等以上に渡り合えるグループがようやく出てきたか、という印象だ。それがいったいどういうことだかわかっていただけるだろうか。ケミカルやプロディジーが主導権を握った90年代中頃以来、常にダンス・ミュージックの最重要テーマとして置かれてきた「ロックとの接近」には、ダフト・パンクという超一級の異端児を受け入れた今でさえ、まだやり残していることはあるのだなと思い知らされてしまう。今思えば、ダフト・パンクのダンス・ミュージックは、ダンスとロックの関係性・相対性を示しながらも決してロックを受け入れることを許してこなかった。ケミカルやプロディジーもそれは同じで、この二組の場合はダンスに応用できるロック的な要素を部分的に採用はしてきたが、いくつかの例外を除けば基本的にそのサウンドはあくまでダンスであり続けてきた。そして07年、このデジタリズムの登場で、ダンスはロックへ繋がるチャンネルをついに手に入れたんだと思う。両者が完全に溶けてしまって、混ざり合うわけではない。ダンスでありながらロック、ロックでありながらダンス、という一定の距離感を保ち続けたままの同時中継を可能にしたのだ。ジャンルという窮屈な概念を遥か上空から見下ろしながら鳴り響く自由の音楽。それで文句なしにノレるんだから、最高!ってことでしょ。

No.23
Shotter's Nation / Babyshambles
ショッターズ・ネイション(スペシャル・エディション)(DVD付)



彼はそれを“ファック・フォーエヴァー”と叫んだ
 僕が今住んでいる福岡にはライヴ・ハウスがたくさんあるらしく、深夜のローカル・ロック番組ではよく若手バンドの連中が自分なりのロック理論を語り倒しているけど、ギャーギャーわめき散らす前に“ファック・フォーエヴァー”を聴けと強く主張したい。ベビシャンでのピートの楽曲は、リバ期のそれに比べると格段に危険度が増した。前作からの“ファック・フォーエヴァー”はそれを象徴する名曲で、もうフラッフラで倒れこむ寸前の状態なのに、少しでも近づいたら一瞬で噛み殺されそうな、そんな野生的な瞬発力を兼ね備えた鋭さを発揮するまさに「ザ・ピート・ドハーティ!」の世界だった。本作のオープニングを飾る“キャリー・オン・アップ・ザ・モーニング”にはそれと似た感覚がチラついていて激しく興奮したが、聴き進めていくうちにこれまでにないピートの安定感が伝わってきて、少し複雑な心境になった。これまで常に破滅衝動に身を任せ続けてきた男だから、ベビシャンという居場所が彼の安全地帯であって、それによってバンドが長続きするならそれは素直に嬉しい。でも、ピートは21世紀以降に生まれたロック・スターの中でただひとり「破滅するロックのスリル」を教えてくれた人間だ。“ファック・フォーエヴァー”という叫びの正体は、そんなギリギリのところで鳴り響くロックンロールのスリルだった。

No.22
Favourite Worst Nightmare / Arctic Monkeys
Favourite Worst Nightmare



ロマンを捨て去った、ただ「生きる」ためのアルバム
 若手バンドのセカンド・アルバムっていうのは普通もっと切実なもんで、やっぱり買う方にだってそれなりの勇気がいるし、不安だってある。リリース前からメディアもファンも安心しきっていて、実際に発表された作品が期待の更に上をいく出来栄えで……そんな夢物語のようなキャリアを実現する生ける伝説、アークティック・モンキーズ。07年に発表されたこの待望のセカンドだってそりゃあ良かったけど、でも僕はこの手の「ロックなんてもうわかってるもんね」とでも言うようなニヒリズムはあんまり得意じゃないなぁ。ビューみたいな、熱いロックが好きだ。でも、初めて“アイ・ベット~”を演奏しているアクモンを観た時の「ついに来たか」的な衝撃は、僕にとっても忘れられない出来事だった。ロックを「わかった」人間だけが出来るブチ切れ方を、アクモンはデビュー・アルバムをリリースするずっと前からやっていたのだ。息の詰まりそうなスピード・リフにのせた高速で畳み掛けるストーリー・テリング。それをもっと手応えのあるエキサイティングという形でパッケージした本作。郊外のどうしようもないスカミー・マンたちのどうしようもない日常を切り取る手法は変わっていない。「楽しいからっていうよりも、これは生きてると感じたいからやってる」。そんな、めちゃくちゃ「アクモン!」なアルバム。

No.21
Graduation / Kanye West
Graduation



俺を作るすべてのもの
 ダフト・パンクが参加したことがここ日本でも話題となったシングル“ストロンガー”。ダフト・パンクのオリジナル版は“ハーダー、ベター、ファスター、ストロンガー”というのだが、そこから「ストロンガー」だけを選び抜いたカニエのセンスの良さに涙が出るほど感動したのは僕だけだろうか。ダフト・パンクでラップするという着想の奇抜さだけでも十分天才的なのに、ヒップ・ホップ界でただひとりその在り方を示し続ける自分自身を、この男は「ストロンガー」と歌ったのか、と思うともうその自信満々ぶりがカッコ良すぎて仕方がない。凄い。そしてもうひとつ、10曲目に収録されている“エブリシング・アイ・アム”。カニエはヒップ・ホップの在り方・温度を定義する傍らで、ずっと自分の生活というノンフィクションを歌い続けてきた。この曲はその理由として光る名曲。「俺じゃないすべてのものが、俺のすべてを作っている」。この言葉に、カニエのキャリアすべてが吸い込まれて行く。凄すぎる。他の曲もヒップ・ホップのスタンダードな体裁を保ちつつもその遥か上を楽勝で超えていく名曲揃い。モス・デフやコールドプレイのクリスなど超豪華なゲスト勢にも要注目。村上隆が手掛けたこのポップ・ワールド炸裂のアートワークも忘れちゃいけませんよ。
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