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No.50~No.41

去年の終わりからずっと楽しみにしてた。
誰のためでもない、間違いなく、自分のため。
アクセスしたらトップページにばーっ!とジャケットとレヴューが並んで……。
そんなイメージをしたらもうワクワクが止まらなくて。
『07年ベスト・アルバム50』。
いろんな雑誌がやってることへの便乗でしかないけど、やりたいからやります。
ロッキング・オンのランキング発表の前に選んだ50枚。
ロックは07年に何を残したのか。
そして、08年、ロックは僕たちに何を求めるのか。
07年を彩る50枚のアルバムを振り返りながらの徹底検証です。ちと大袈裟か。
No.1の発表までちゃんと書ききれるか心配。
全部をいきなり発表することはできないので、今日はNo.50~No.41までの10作です。


No.50
Matinee / Jack Penate
マチネ



スウィング・イット!
 ギター・ポップというからには、やはりポップでなければいけない。理屈云々ではなくそういうものなのだ。聴き心地が爽やかでなければいけないし、ひとつひとつの音にナチュラルなきらめきがなければいけない。それに加えて絶対的に「良い曲」でなければいけないが、そういった意味では楽勝で及第点の作品。07年、愛されるべき新たなスターがまたイギリスからデビューした。本作にも収録されているシングル“トーン・オン・ザ・プラットホーム”が本国では早々にトップ10入りを記録し、アルバム・リリースも待たずにNMEの表紙を飾ったという異例の速さでのブレイクを果たしたようだが、日本ではまだもう少しといった感じか。一聴しただけで一緒にスウィングできるぐらいメロディはわかりやすく痛快に弾けているし、自信を持って「かっこいい!」と言い切れないようななんとも微妙な容姿には愛嬌があるし、ライブ・パフォーマンスは破天荒かつエネルギッシュとして評判も上々のようだし、日本でも絶対にもっと人気出ると思うけどな。でも、やっぱり問題は「楽曲」なのだ。「良い曲」なだけじゃ頭角は現せない。ポップ・マジックともうひとつの何かが必要だ。この人の場合、ギターを弾くたびにこぼれ落ちるオリジナリティの中で、それは確かに光っている。

No.49
Trompe L'oeil / Malajube
トロンプ・ルイユ



したたかなポップ力
 カナダはケベック州モントリオールから現れた4人組のセカンド・アルバムである本作が、日本では07年に発表された(オリジナルは06年発表)。カナダにはもともと英語とフランス語が公用語に指定されていて、その上モントリオールは特にフランス語やフランス文化への意識が高い地域だからマラジューブがフランス語で歌うのはまったく不自然なことではないのだが、ポップとしての機能は高いにも関わらず何を言っているのかさっぱりわからないこのバンドにアメリカ人は戸惑ったみたいです。多くの日本人にはそもそも英語すらわからないし、海の向こうでそんなことが起こっていてもちっぽけな島国からは見えにくい、というか関係ない。ただ、その何を言っているのかわからないフランス語そのものも含めて、「南極熊さえバスに乗る」「きみは叫ぶとき赤くなる、口を紙吹雪でいっぱいにして」といったユニークな言葉選び、花と蝶がひとつになったみたいなアートワーク(ブックレットにはもっとたくさん摩訶不思議な動物が描かれています)、パステルな色彩感覚や独自の世界観がおもしろいビデオなど、その全てをアイテム化してオリジナリティのあるポップさを導き出そうとする姿勢には頭が下がる。コーラルのファーストにエレクトリックなキーボードを加えて再生したみたいな奇天烈なサウンドも好きです。

No.48
The Best Damn Thing / Avril Lavigne
ベスト・ダム・シング



アヴリルという生き方ゆえの1枚
 個人的にはその鮮やかな勝利をリアルタイムで目撃した『レット・ゴー』の方が衝撃的だったし、『アンダー・マイ・スキン』のクールネスが全作品中で最も趣味に近いと思う。でも、このアルバムが一番好きだな。“ガールフレンド”のはっちゃけぶりは少し苦手です、なんて言うお堅いロック少年もいるかもしれないが、このアルバムは「アヴリルらしさ」の在り処が最も明確な形で顔を見せた画期的な作品なのだ。“コンプリケイテッド”にしても“マイ・ハッピー・エンディング”にしてもそうだが、アヴリルのクリエイティヴの源はいつだってリアルライフからの実感以外の何物でもなかった。だから、07年7月に結婚したサム41のデリックとの関係の好調さからくる安心感や力強さがこのアルバムの根本的な部分を支えているのは、彼女にとって当たり前のことだったんだと思う。全体を包み込む空気感が多幸的で、エネルギッシュで、それでいて良い具合に肩の力が抜けているのは、そういう意味で本作がとにかく「アヴリルらしい」1枚だったことを物語っている。常に正直な態度で音楽と向かい合ってきた彼女の、ある意味ものすごく「個人的」な作品。エゴイスティックでありながらもそれでいて世界中の少年少女から絶大な支持を獲得し続けているんだから、アヴリルがポップでいることの意味は絶対に間違っていないと思う。

No.47
Smokey Rolls Down Thunder Canyon / Devendra Banhart
スモーキー・ロールズ・ダウン・サンダー・キャニオン



デヴェ様、ついに人間界に降臨
 紙の質だったり印刷方法だったりする話だから作品の内容とは何にも関係ないことだけど、デヴェ様こと21世紀のフォークの顔、デヴェンドラ・バンハートのアルバムのブックレットはどれもやけに匂う。人里離れた山奥で悟りでも開いてそうな髭モジャ仙人ルックのデヴェ様だが、ブックレットから立ち上ぼるインク独特の匂いが彼のそんなエスニックさとかトライバルな雰囲気とハマりすぎていて、これはなんか面白いぞ、と思ったことがある。CD持ってる人は今すぐ嗅いでみてください。さて、通算5枚目となる本アルバム。07年を象徴するUSインディの隆盛を語る上でこれは重要な作品になりそうだ。前作『クリップル・クロウ』以前の彼はどこか人間を超越したまさに神的な存在として世界を見守っていた印象だったが、ここにはそんな彼がまるで人間に姿を変えて下界へと降り立ち、周りと関係を築き上げようとするような温かいヒューマニティが感じられる。デヴェ様初の「人間的」なアルバムとなる転換作だ。“シーホース”“ラバー”“カルメンシータ”など、積極的にアレンジの幅を利かせた楽曲も目立ち、これはもうフリー・フォーク云々では語れないかも。そして肝心なブックレットの匂いは、シンプルなデザインだからだろうけど、これまでで一番薄かったです。あれは「神」の匂いだったのかなぁ。

No.46
Ire Works / The Dillinger Escape Plan
アイア・ワークス



生き残る、ハード・ロックの可能性
 マーズ・ヴォルタの生み出すカオスをギュッと圧縮したらこんな感じになるだろうか。それともシステム・オブ・ア・ダウンをもっと高速回転で再生した感じか。それくらいもう何がなんだかわけがわからん。1秒先でさえ予測不可能の演奏で鬼神のごとく駆け抜けるディリンジャー・エスケイプ・プラン。前作から4年ぶりとなる本作でようやく3作目となるわけだが、今回もまた文句なしにかっこいい傑作アルバム。エレクトロニカもラテンも不可解な何かも引きずり込んで、未曾有のハード・ロックを見事に形にしてしまっている。ポップかつアーティスティック、暴力的かつ美しく、野蛮でいて知的。そんな不思議な灰色の衝動で完全にブチ切れている。でも、きっと彼らは「わかっている」んだろう。うんうん頭をひねって意識的に奇をてらったサウンドを導き出したというより、楽器を手にしたら条件反射的にポンッとこぼれ落ちたとでも言うみたいに、どの楽曲もあまりにもあっけらかんと構えているのだ。それでいて他の凡百のハード・ロック・バンドたちとは明らかに別格の音像を照らし出し、更にテクニックも頭五つ分ぐらい抜きん出てる。00年代に入ってラップ・メタルでさえうまく機能しなくなったハード・ロック。アヴェンジド・セヴンフォールドにしてもそうだが、それでもまだまだおもしろいバンドは生き続けている。

No.45
Made Of Bricks / Kate Nash
Made of Bricks



相対で浮かび上がる個性
 1曲目“プレイ”での「私は遊んでいたいの~」という言葉を聴くとどうしても「女の子だって外で気ままに遊びたいのよ!」と歌いきったシンディ・ローパーと印象がカブってしまうんですけど、どうでしょう。とにかく、そんな「盛り」宣言から始まる割に彼女は恋についても自分自身についても、極めて誠実に歌う。ヤンチャすぎるリリー・アレンやヤサグレすぎるエイミー・ワインハウスが近くにいるだけに、かえってその誠実さが彼女のオリジナリティとして光っていて面白い。リリー&エイミーがそれぞれのレトロさで楽曲に独自の色彩を加えているのとも違い、彼女はむしろタイムリーなぐらいモダンなポップ・ソングである。“バード”“マリエラ”“スケルトン・ソング”などでは、どストレートな自己主張が得意なリリー&エイミーが持っていないストーリーのユニークさを存分に発揮させていて、良い。本来の音楽の魅力では比較的に中性の立場であるはずの彼女。だが、リリー&エイミーという超過激因子とは離れたその「普通さ」が、UK女子という枠組みの中で彼女だけの個性としてきちんと機能しているのだ。時期的な偶然性を味方につけた、したたかなアルバム。最後にきちんと言っておきたい。曲の良さでは二人と正面からぶつかりあったって決して負けないはずです。

No.44
Good Morning Revival / Good Charlotte
Good Morning Revival



「考えるロック」への進化の過程
 個人的に、サム41と似ているキャリア運びだと思う。能天気なおバカポップに始まり薄暗いニヒリズムを経験し、そして07年作で新たな座標を示す。9.11以降続く「今を生きる」という逆らえない状況へのフラストレーションを暴露する社会訴訟として、かつてない表現力とグッド・ミュージックの数々で『アンダークラス・ヒーロー』という傑作アルバムを発表したサム41。グッド・シャーロットの場合、歌に託したメッセージはサム41のそれよりももっと普遍的で、確実に磨かれてはいるが別に衝撃のようなものはない。ただ、マデン兄弟のDJ経験からくるダンス要素の進化・更新には目を見張るものがある。前作が難解なテーマ性だけが頭でっかちになってしまったやっかいな問題作だっただけに、本作収録曲が持つ圧倒的な音の浸透性と迫力には安心させられた。ポップ・パンクをやる多くのバンドの初期作品は若さ故の純さのようなものに満ち溢れていて、とにかく音楽の楽しさをピュアに歌う連中が多い。だからこそ長くシーンに生き残るバンドには成長や試行錯誤が見えやすい。詞にしてもサウンドにしても、どんどん「考えるロック」へと進化していくのだ。『アメリカン・イディオット』というポップ・パンクの最高到達点をマークしたグリーン・デイへの階段を、このバンドも確実に上りつつある。

No.43
It Won't Be Soon Before Long / Maroon 5
It Won't Be Soon Before Long



爪を隠していた優等生
 日本でも売れに売れまくった前作『ソングス・アバウト・ジェーン』は21世紀が始まって以来最も売れたアルバムのひとつだと思う。それだけ圧倒的な数字を叩き出し全世界で賞賛の言葉を浴びせられてきたマルーン5だが、ロック村からだけは常に揶揄を投げつけられてきた(イギリスの某大衆ロック誌の「さっさとアメリカに帰れ!ランキング」にも上位に名前があった)。汗水たらしての必死の表現で叫び続けているいわば「超体育会系」のロックから見れば涼しい顔して100点満点を叩き出すマルーン5はクラスに必ず1人はいる優等生で、要はウザイのだ。そんなロック・サイドからの一方的な偏見を逆手に取って思い切り開き直ってみせたのが本作。前作での人気を支えていた“サンデー・モーニング”なバラードよりもアグレッシヴなアッパー・ナンバーを徹底して優先し、自分たちの楽曲のバラエティの豊かさをこれでもかと見せ付けることに成功した。「お前ら前作のバラードだけでギャーギャー騒いでたけど、俺たちまだまだこんなことだってできるんだぜ」という印象すらもロック村が勝手に抱いている偏見かもしれないが、前作からのファンも鮮やかに裏切ってみせた非常に挑発的なアルバムだと思う。それでいてここにある楽曲たちが全然「有り」だから、優等生が本気を出すと怖い。ロック村は完全に縮み上がってしまいました。

No.42
Hey Venus! / Super Furry Animals
ヘイ・ヴィーナス!



まさに「ヘイ・ヴィーナス!」なポップ感
 言うまでもなく、スーパー・ファーリー・アニマルズというバンドは「世界の一部」として自らが機能することを極端に嫌うバンドで、90年代の作品からはそんな「アンチ」意識が色濃く浮かび上がってくる。当時の彼らはそうやってひとつの大きな枠組みから進んで離れていくことによって存在感をアピールするタイプのバンドだったし、それによって大きく評価されたバンドでもあった。それがいつからだろうか、00年代に突入してから、つまり『リングス・アラウンド・ザ・ワールド』発表以来、その方法論は以前とは真逆のものになった。「外側から攻めるよりも、いっそのこと内部爆発した方が効率良いんじゃないの?」というものである。それからの彼らの作品は、いかに世界の内部に入り込むかの検証と自問だった。通算8作目とる本作で彼らが見せた成長は、そんなバンドの精神的な部分ではなくて、極めて音楽的な魅力だったんだと思う。サイケデリアや実験へ向かう意識はそのままに、「歌」へと焦点を定めた本作。それを3分半のポップとしてコンパクト過ぎるぐらい小綺麗にまとめてみせた。ポップなのは良いけど、なんだか狙いすぎて気色悪いというのも正直な感想。あからさまな異端さが目を引くこのアートワークはある意味彼ららしくもあり、そういう意味では大成功かも。

No.41
The Boy With No Name / Travis
The Boy with No Name



フラワーズ・イン・ザ・ウィンドウ
 これまでそのため息の出るほどの美メロさ故にコールドプレイと比べられることが多かったけど、本当に見当違いもはなはだしいと思う。コールドプレイが人間の終わりなき精神や妄想という実生活とは大きくかけ離れた別世界からメロディを引き連れているのとは違い、トラヴィスはあくまで「僕とあなた」の、この世界でメロディを探り、そこに意識的に留まり続けてきたバンドだ。確かに、ブリット・ポップのドンチャン騒ぎが終焉をちらつかせ始めた頃、完璧なタイミングで時代に降り立ち英国ロック・シーンをコールドプレイに繋いだのは他でもないトラヴィスだった。コールドプレイとトラヴィスとの関係性は、それ以上でもそれ以下でもない。このアルバムを聴けばそれは一目瞭然だろう。フランに息子が生まれたことがこのアルバムの視点をこれまで以上に実生活へと向かわせていることは間違いない。そこで見つけたメロディをひとつにまとめてパッケージしたのがこのアルバム。それはまさしく「僕とあなた」の生活のすぐ隣りにも転がっているかもしれないものであり、だからこそトラヴィスはポップとして成立し、それによって聴き手と繋がっているのだ。「僕とあなた」のすぐ近くの窓辺に置かれた花みたいな、そんなさりげないところでトラヴィスのメロディはいつも光っている。


……一日に十枚はさすがに字数が多すぎるかな?
こんなの読んでくれる人いるんだろうか……。
でも、自分のためだから良いです。
07年、最高の盛り上がりを見せたUSインディ界の「神」、デヴェ様。
ここ数年凄まじい元気を発揮しているUK女子のひとり、ケイト・ナッシュ。
批判を丸ごと飲み込んで、壁を完全に打ち破ったマルーン5などなど……。
No.50~No.41とは言え、秀作揃いの10枚です。
次はNo.40~No.31までの10枚。
昨年一大旋風を巻き起こしたあのバンドやら、
数年前、ここ日本でも凄まじいヒットを記録したあのポップ・シンガーなどの、
興味深い作品達が並ぶ予定。
それでは今日はこの辺で。
レヴューを読んで、CD持っている人は聴き返してくれたら、
持ってない人が少しでも興味持ってくれたら、僕は幸せです。
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