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これだから映画は止められない

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今日は彼女がサークルで鍋をするとかで家にいないので、
一人でご飯を食べながら映画を観ています。
何度も観た映画なので、ご飯を食べてブログを更新しながらでも大丈夫。
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。
この映画だけは彼女が一緒に観てくれないので、
一人だしちょうど良いやと思って観ています。
何時に帰ってくるのか分からないけど、
帰ってくるまで何度も何度も観続けようと思う。

この映画、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は誤解されやすい映画の代表作。
簡単なレヴューをたくさん読んだけど、共感できるものはひとつもなかった。
ただひたすら絶望的で救いようがない映画と取られてしまったり、
評価する人も音楽の聴き心地とか演技力みたいな表面的・形式的なことだけで、
作品の伝えたいこと、一番本質的な部分に言質が及んでいる人は誰一人いない。
我らがビョーク主演作だし、音楽だって素晴らしいし、
ミュージカルがなぜ素晴らしいのかをたったの数行で語りつくした名台詞もある。
それだけ取ってもこの映画は確かに素晴らしいけど、
でも、この映画の一番本質的な部分って何だ?

この映画は、絶望しか描いていない。
一人の人間の人生が四面楚歌の状態に追い詰められて、
地面に叩きのめされるまでを描いた作品だ。
ただ、この映画はほんの一握りだけの「何か」を残している。
描かないことで描いたというか、示唆はするが、それがいったい何なのか。
そこの部分には一切触れない。
まだ何かが残っていることだけを受け手に教え、それで終わる。
「絶望は描ききった。最後に残っている何かは自分で見つけてくれ」。
そんな風に受け手を突き放す。

一緒に観たサークルの友達には全然理解してもらえなかったけど、
これは絶望の映画じゃない。絶望を描いているけど、絶望の映画じゃない。
「でも、後ろ向きな映画じゃないよね」と言った友達もいたけど、
そんなもんじゃなくて、むしろ思い切り前向きな映画だ。
この映画は、夢と希望の映画だ。
夢と希望なんてめちゃくちゃ胡散臭く聞こえるけど、でもそうだ。

半年くらい前にこの映画のレビューを書いたときにも同じ事を言ったけど、
この映画は絶望の先を伝えようとしている。
全てが終わった後、そこにはきっと「何か」があるはず。
全てを感じ終えた後だからこそ感じられる「何か」があるはず。
そこにある「何か」がいったい何かはまったく描かない。
というか、この映画には描く必要すらなかった。
それはきっと受け手それぞれの心の中で立ち上がるはずだからだ。
暗い暗い暗い……と受け取られがちなこの作品だけど、
今改めて観てみても、この映画はその「何か」に向かってキラキラ輝いている。
出口にこそある入り口に向かって輝いている。
だから、この映画はビョークの“ニュー・ワールド”で幕を閉じる。
「終わり」だけが与えられる「新しい世界」。それを示すために。
何があるかはわからない、
でもきっと「何か」があるという未来に約束した、そんな作品だったんだと思う。
僕は、この映画が好きだ。
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