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根暗

TSUTAYAにCDを返しに行った帰り道、猫バスかと思ったらモノレールだった。
宮崎駿の奇抜な着想も、キッカケはそんなもんだったのかもしれない。
猫が「ニャー」と鳴いた時にバスがあっちからやってきた。
「あ、猫バスだ」。そんなもんかもしれない。
別にどうでも良いけど。

一昨日の夜にテレビでやってた『思ひ出ぽろぽろ』を観て、思った。
同じスタジオ・ジブリとはいえ、
高畑勲と宮崎駿の作品は、立脚点からしてまるで違うな。
どっちが良くてどっちが悪いとかでは絶対になくて、
もちろんどっちも大好きなんだけど、どっちかというとやっぱ宮崎作品かなぁ。

高畑勲が監督を務めた作品は『思ひ出ぽろぽろ』と『火垂るの墓』と
『平成狸合戦ぽんぽこ』しか観たことがないからそれに限定するけど、
高畑作品には誰にでもよくわかる具体的なヴィジョンがきちんとあって、
それは思い出の香りを嗅ぐことだったり、懐かしい田舎だったり、
戦争、生きること、死ぬことだったり、
自然対人間の征服・被征服だったり、
大きく見れば日本人みんなの心に届くメッセージと、普遍のテーマだ。

もちろん宮崎作品にもそういったメッセージやテーマは埋め込まれている。
『もののけ姫』なんていうのはそれの最たるものだし、
一映画人である以上、宮崎駿にだって明確なヴィジョンはある。
でも、『となりのトトロ』と『魔女の宅急便』の2作が個人的には特にそうなんだけど、
宮崎作品は、なんというか、気色悪いなぁ。
というか、生々しい。
宮崎駿っていうおっさんの中で静かにうごめいている衝動の蟲を
どれだけリアルにドカンとぶつけるか。
宮崎作品にはそんな怖いくらいの生々しさがある。

トトロは日本で1番可愛いキャラクターじゃない。
宮崎作品よりももっとファンタジー的な作品はたくさんある。
宮崎作品よりももっと笑える作品だってたくさんある。
宮崎作品よりも大真面目なテーマを扱ってる映画も、たくさんある。
それでも日本で1番のアニメ映画っていったら、やっぱり宮崎映画だ。

『トトロ』と『魔女の宅急便』は、宮崎作品の中でも地味な2作だと思う。
観ていてなんでこの映画に日本中の多くの人が感動するのか、よくわからない。
トトロのいる森を探さなきゃ!となぜ思ってしまうのか。
特に際立ったところのない魔女の女の子に、
どうしてあんなにも感情移入してしまうのか。
要は、宮崎駿はトトロを描くことに、本気だったんだ。
おっちょこちょいな魔女の女の子を本気で描いていたんだ。
あの2作のヴィジョンはそこにある。
高畑勲はあるテーマを伝えるために、その手段としてタヌキたちに
何にでも変身できる能力を与えたわけだけど、
トトロもサツキもメイも猫バスも、キキもジジもトンボも、
あるひとつのテーマを伝えるための手段としてのキャラクターではなくて、
あのキャラクターたちこそが、あの2作の目的だった。

宮崎駿は自身の作品の立脚点として、
「今の子どもたちには逃げ場所が必要だ」と言っている。
あのキャラクターたちは、要はそういうことなんだと思う。
でも多分1番逃げ場所を必要としていたのは、宮崎駿本人だったんじゃないかな。
トトロを描くことで、キキを描くことで、
何かから逃げなきゃならなかったんじゃないかな。
その衝動こそが、観客の心を掴んで離さない、宮崎作品の本当の説得力なんだと思う。

観るたびに宮崎駿の逃避行為に思えてきて、もうとにかく気色悪いです。
でもだからこそ宮崎作品の暗さには思い切り共感しちゃうなぁ。
「この根暗おやじめ。素晴らしい映画作るじゃないか」。
そんな感じです。僕も根暗なので。
また『カリオストロ~』からきちんと宮崎作品観たいな。
DVD買ってよかった。


明日までにやらなきゃならない宿題がまだまだあるのでそろそろディスク・レヴューに。
今日はジャックス・マネキンのアルバムです。
つい最近サムシング・コーポレイトのデビュー作のレヴューを書いたけど、
そのサムシング~のフロントマンの別プロジェクトです。
実は1回紹介してことがあるけど、その時のは本当にヒドイ内容だったからやり直し。
僕の彼女は僕に負けないぐらい洋・邦問わず音楽好きで、
洋楽だったら好きなのはフィオナ・アップルにビョークに
ホワイト・ストライプスっていうすごい子なんですけど、
これは2人とも大好きな1枚です。
車の中でも歩きながらでも、この人の歌にはとにかくシンガロング。

Everything In Transit
/ Jack's Mannequin

エヴリシング・イン・トランジット



「ダーク・ブルー」に染め上げろ
 空の色、海の色、そしてサムシング・コーポレイトの青春謳歌ソングがそうだったように、曇り気のない透明感を連想させる「ブルー」に、「ダーク」を加えて言葉のイメージにアブストラクトな影を落とし、理解を立体的にして奥行き・可能性を一気に広げる巧みな言葉選び。その2語で見事に「孤独色」をキャンバスに加える。前進バンドのサムシング・コーポレイトを振り返ってみても全体の雰囲気から漂う青臭さに反してリリックはずいぶん洗練され際立って感じられるし、今更ながらアンドリュー・マクマホンの表現力はすごい。この実質上のソロ・アルバムで初めて彼の作品を耳にする人でも、そう唸らずにはいられないのではないだろうか。やっぱりセンス良いなぁ、この人。
 04年にサムシング~としての活動を休止し、そこからの数ヶ月の間にアンドリュー・マクマホンはここに収録されたひたすら個人的な楽曲を書き上げたという。発表までには彼の中での葛藤も、以前のバンド・メンバーとの関係も、急性リンパ性白血病も、自費からレコード会社との契約へのプロセスも、おそらく当人以外には想像できないほどの苦いドラマがそこにはひしめき合っているのだろうが、でもだからこそこの素晴らしいアルバムを聴くことができて、本当に安心した。楽曲はサムシング~時代の延長どころかもうメロディの階段を一足飛びで駆け上がるように爽快で、歌声もあらゆる縛りを完全に振り切ってしまったみたいに大マジ。カリフォルニアの海から向こう岸にまで届きそうな勢いだ。ピアノ・エモ立役者の本領発揮という感じだろうか。そして、彼の表現の真骨頂は、そこに恋愛や孤独を含めた1人の男に渦巻く個人的な情念も、カリフォルニアに対する土着精神もすべてぶち込んで、ピアノの音と一緒に聴き手に叩きつける迷いのなさと、そんな真っ直ぐな「ブルー」さを少しひねって「ダーク・ブルー」に変えてみせる絶妙なセンスとマジックに他ならない。ピアノを武器にするバンドは把握できないくらいたくさんいるけれど、この人だけは、ガチだ。


Jack's Mannequin-Dark Blue
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