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本物

この前みたいにバイトから一時間近く歩いて帰ってきて疲れたけど、
彼女が作ってくれた豚汁で元気を出します。
今日の食事はずっとこれ。
めちゃくちゃおいしんですよ、これが。
ありがと。

さてさて、別にこれといった論旨はないんですが、
今月はあんまり更新してないのでつらつらと何か書こうと思います。
やっぱり音楽の話。
今日は日本の音楽の話にしようかな。
もう一度言うけど特に衝動も何もないので思ったことを書きます。

この前タワレコに行って思ったことだけど、
日本のヒップ・ホップ・シーンっていうのは、結構ひどい。
ジャケットをいくつも斜めに流し見るだけでなんというか、
ヒップ・ホップっていうファッションに身を包んでいるだけ
って連中が多いなぁという感じでした。
ヒップ・ホップ的なファッションとか用語とか、
そんなんだけじゃダメなんだよ、と説教したかった。

そう思うと、RIP SLYMEのスタイルっていうのは、
物凄く画期的だったんじゃないかと思う。
「だって俺達日本人だもん」的な開き直りと
前回書いたコーラルみたいな仲間でワイワイする時の軽さとテンション。
それでコミカルに、ポップにラップする
RIP SLYMEの「背負わなさ」はとにかく気持ちがいい。
ヒップ・ホップの制約には目も向けないでひたすら自分達のセンスと
日本人的感覚でラップする彼らは、素直に好きです。
今でこそラップ・グループって把握できないくらいいて完全に玉石混交の状態だけど、
数年前まではあんな連中が表舞台に上がることなんてなかったんだ。
RIP SLYMEの支持のされ方とかポジションはヒップ・ホップが
日本のポップ・フィールドにたどり着いた象徴なんだと思う。
「RIP SLYMEはヒップ・ホップか!?」っていう疑問が湧いてきそうだけど、
でも、あれが日本人らしいヒップ・ホップだと思う。
スタイル、ファッション、用語のものまねじゃ追いつけないところに、
RIP SLYMEはいる。

RIP SLYMEは完全に「我が道を行く」という感じだけど、
日本人的感覚のヒップ・ホップのあるべき形を体現しようとしているのがKREVAだ。
僕は日本の音楽に関してはまだまだド素人です。
ロックはまだしもヒップ・ホップはなお更です。
でも、KREVAは本物だと言い切る自信があります。
韻を踏むときの言葉選びのセンスとか実験的なビートとか、
そういう技術的な面ももちろん彼はすごいんだけど、
でもKREVAの真骨頂は、探究心と勇気だ。
ヒップ・ホップの概念に取り付かれてる多くの似非ラッパー達とは
決定的に違う「本物の匂い」があの人にはあります。
既存の概念を振り切って「俺にしかできないもの」を捕まえにいくことが、
あの人にならできる気がします。
KREVA、かっこいいです。

最近ふと思ったことを言えたのでこれでいいや。
なんか自己完結気味ですいません。
ディスク・レヴューに移ります。
今日はやっぱり日本人アーティスト。その名も奥田民生。
『股旅』ってアルバムからの1曲を紹介します。
RIP SLYMEとかKREVAがそうであるように、
この人も僕にとっては音楽界のあるものの象徴です。

イージュー★ライダー’97
/ 奥田民生

股旅



民生がロックにこだわる理由
 多くの奥田民生作品の登場人物というのは、どこかのん気でとぼけていて、それでいて自己主張が強く、腹の底から突き上げる衝動や欲求に対しては何にも増して正直な男、である。それはつまり正真正銘の奥田民生という男であり、ここまで徹底して作品に「俺」を打ち出す人間も珍しい。それに加えて彼のリリックは「簡単簡単ベリーグー」「さすらいもしないで/このまま死なねえぞ」といったように、こう言われたらこう受け取るしかないというほどに明快で、それが奥田民生という男のキャラクターを一層わかりやすく聴き手の頭へ伝えているのだが、一方この曲はひどくアブストラクトで、別段「俺」について歌っているわけでもない。この1曲だけは、奥田民生作品の中で明らかに違う光を持っている。車好きの奥田民生らしい爽やかな旅の歌、30代男の青春ソングなど諸説あるようだが、この曲で彼が歌っているのは、「己のロックについて」である。
 これはもう僕が自分の音楽体験のすべてをかけて言い続けていることだけど、ロックとは夢である。下手すりゃ何の役にも立たない理想論である。ロックはファッション先行型の一過性娯楽じゃないし、少し青い言い方だけど、商品なんかでもない。届きそうで届かない、近くにあるのに握り締められない、そんな極めて身近な夢なのだ。それを奥田民生はこの曲で「僕らの自由を、僕らの青春を」というバカ正直な言葉で吐き散らした。「自由」「青春」なんて僕以上に青いけど、それでも人は民生の鳴らすこの愚直なロックに高揚し、夢を見たのだ。ロックは、髪型もファッションもパーフェクトにきめたかっちょいいにいちゃんのものだけじゃないし、社会を知らない無邪気な青二才の青春だけじゃない。白いタオルを無造作に頭に巻いたおっさんだって、ギターを握り締めるだけで夢を見ることができる。そんな場所なのだ。それがロックの凄いところなのだ。ロックが夢であり続けること。その象徴として、奥田民生は今も歌い続けている。
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