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ソウルって背中にあるからなかなか見えないんだろうね

The Poet
/ Bobby Womack

Bobby Womack-The Poet
声にもきっと、背中があるんだろう
 サム・クックのソウルの遺伝子を受け継いだボビー・ウォーマックによる81年作。70年代後半、ディスコの台頭により脇に追いやられたソウル・ミュージックを、すでに第一線からは遠ざかっていると見做されていたボビー・ウォーマックが見事復権させたとして知られる本アルバム。一曲目の“ソー・メニー・サイズ・オブ・ユー”からして、ウォーターズとウォーマック・ファミリーによるバック・コーラスが特に素晴らしい。ほとんど全曲に亘って、このバック・コーラスが単なる引き立て役に終わらない、いい仕事をしている。このコーラスとどこか西海岸風の香りのするアレンジが、70年代のソウルをマイルドに垢抜けさせて新たなソウルの雛形を本作に結実させた、重要な役割を果たしていることは間違いない。いったい何を以ってソウルと成すのか、という議論になれば当事者の中でさえ様々な意見があるだろうし、そんなことはそもそも楽譜の上にさえ書かれていない、筆舌し難いことだと思う(っていうか普通に使ってるけどソウルってどういう意味? 僕の使い方あってる? 誰か教えて!)。しかしもし、奴隷制度によってアメリカ大陸に連行された黒人たちがある種の救いを求めて歌ったとされるゴスペルやブルースから派生したものがソウルと呼ばれるものならば、その重大な要素として挙げてもいいものは、一連の音楽的系譜に血のように流れる運命的孤独かもしれない。A面からB面に向かうにつれて、アップテンポのウキウキするナンバーからメロウなバラードへと綺麗にグラデーションされていく印象のある本作だが、ポケットに突っ込んだ片手には常に小さな孤独を握り締めているような彼のいがら声も、終盤に向かうにつれて自然と狂おしさを増していく。特にラスト、ディスコグラフィーに燦然と輝く名曲“イフ・ユー・シンク・ユア・ロンリー・ナウ”と“ウェア・ドゥ・ウィ・ゴー・フロム・ヒア”で、孤独に裏打ちされたような彼の希求力あるボーカルは爆発的にその真価を発揮する(バック・コーラスもよりゴスペル調へと高められていく)。「いま寂しくて仕方がなくても、夜まで待っていてくれ」と歌われる、そもそも夜まで待たなきゃいけないこと自体が寂しいんですけど、と言いたくなるやるせない孤独から、「いったいどこへ向かうのか」という根源的な問いに結ばれていくところがいい。ポケットの中に小さな孤独を仕舞い込んだまま、僕たちはいったいどこへ向かうのか。それはいつまで経ってもわかりそうにないけれど、生きている限りどこかへ向かって彷徨うように泳ぎ続ける君の後姿なら、僕はいつまでも見ていたい。
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