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ずっと水の中で暮らせたら、君が「すき」っていうたびに浮かぶ泡に、触れることができるのに。

Kamaal The Abstract
/ Q-Tip

Qip-Kamaal the Abstract
手に残ったロープの跡を愛さないで
 ジャネット・ジャクソンが97年に発表した、『ヴェルヴェット・ロープ』というアルバムがある。個人的にとても忘れがたい素晴らしい作品なのだが、僕がQ-Tipというラッパーの存在を知ったのは、その『ヴェルヴェット・ロープ』収録の“ゴット・ティル・イッツ・ゴーン”という楽曲(名曲である)にフィーチャリング・アーティストとして彼が参加していたからだった。「どうして手に入れたものに、それが失われるまで、気付くことができないのだろう」。そんな、失うことでしか手に入れられないものへのもどかしさが歌われたこの歌。ライムだとかフロウだとか、ヒップホップに関するテクニカルなことは僕にはさっぱりわからないのだが、この歌でのQ-Tipのラップほど素晴らしいラップを、僕は他に聴いたことがない。リズミカルに喋るような、抑揚のない滑らかな言葉の流れが、いつの間にか、明らかなメロディに載せられている。この人はただ口元のリズムを楽しんでいたのではない。歌っていたのだ、と後になって気付かされる。失うまで手に入れることのできないもの。音や言葉をひとつひとつ置き去りにしていく歌を歌うという行為もまた、それと似たところがあるのではないか。
 本作は、01年に制作されながらもレーベル側の事情で実に八年もの間眠り続けていたQ-Tipの実質的なセカンド・アルバム。トライブ・コールド・クエスト時代から、ヒップホップに付きまといがちな即物的な欲求とは離れた音楽的な洗練を重視したアーティストとして(観念を必要とした、ということだ)知られていたQ-Tipだが、ここに収録された楽曲はすでにヒップホップとしてのパフォーマンスを遥かに凌駕している。プロのミュージシャンを招集した極上の生演奏と最小のエレクトロニクスで構成された楽曲の描く模様は、むしろジャズのような即興的自由さで、伸び伸びとした色合いを見せる。とてもエレガントな内容だ。タイトルの『カマール・ジ・アブストラクト』とは、いったいどういうことだろう。「アブストラクトの導き」ということだろうか。とにかく、彼にはどうしても歌いたいことなどないのだろう。だって、大好きでしかたがない人にどうしようもなく言われたいことなんて、考えてみたらそんなにないじゃないか。ただ、あの頃のあなたが好きだったなんて、お願いだから思わないでくれ。
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23:33 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

『だから言っただろう』 「あぁ俺の負けだ、驚いたよ、まさかお前の番がくるとはね」『まさかお前は、 鏡ばっかり見てるんじゃないか?そんな不粋はするもんじゃないよ、毛並みは常 に整えておくものさ、しかも、いつでも、決まった誰かの為にね』「でも、いつ 、あの娘がそうだと確信したんだ?」『実を言うと、最初っからさ、そう、ほん とに、初めのときから…』「はぁ…そんなもんかね」『そんなもんじゃないさ、" そう"なんだよ』

The King Of Limbs
/ Radiohead

Radiohead - The King Of Limbs
僕を支配する哀しき王様
 とても自分がレディオヘッドの熱心なリスナーとは思えないので滅多なことは言えないが、近年のインディ・ロック・シーンの多くの若手バンドがやたらと「海」を目指したような作品をリリースしているのに対し、レディオヘッドの最新作『ザ・キング・オブ・リムス』のヴィジュアル・イメージが一目見て「森」であることがまず印象的だった。それだけに、表現の爪先が触れるところは明確な手応えを与える一方で、吸い込まれるように謎めいた奥行きを感じさせる。ダブステップというのだろうか、ダウナーっぽいエレクトロニクスとジェントルな生楽器の演奏が楽曲からことごとくメロディを奪っていて、前作に収録されていた“ジグソー・フォーリング・イントゥ・プレイス”のようなわかりやすい歌は皆無。トムのボーカルはむしろ、歌というよりもお経に近い。何事にも無知な人間なので、本作のモチーフになっている数々の神話や信仰についてはさっぱりわからないことだらけなのだが、アートワークにびっしりと描かれた無数の枝が触手のように伸びる木々、そして『ザ・キング・オブ・リムス(リムス=人や動物の肢)』というタイトルから察するに、この音は人間の(もしくはそれに限りなく近いものの)身体に内側から触れようとしているのではないだろうか(なんて単純な連想!というかそのまんますぎて、いま、自分にビックリした)。だからこそ本作では、『イン・レインボウズ』のような、(虹のような)不可能への到達、(虹のような)理想に対する諦め、といった手の届かない場所に音を飛ばすための昇華していくメロディよりも、この重く沈んでいくようなダブステップを基調にしたサウンドが適当だったのだろう(自分の腕や足を指の腹で叩いたらこんな音がする)。しかしそれにしても、本作のアートワークに採用された精霊たちのイラストはおぞましく奇形で、そしてほんの少し、キュートだ。レディオヘッドの音楽に対しては特別な思い入れはないが、ひたすら美しくなりたいと叫んでいたデビュー・アルバム『パブロ・ハニー』のトム・ヨークにはなんだか触れてみたくなるような哀しい愛嬌を感じたことをいまも覚えている。自分の姿形(もちろん思考や精神もだ)に対して嫌悪感を抱く生き物なんて、恐らく人間だけだろう。そういう意味で、トム・ヨークには一方的に人間的な魅力を感じている。アルバム発表毎に自身の音楽を細かく定義・修正し、すでに二十年に亘るバンドとしてのキャリアを築いてきたレディオヘッドだが、その長い期間、このバンドがその立脚点を見失い、立ち止まったことなど一度もなかった。すべては地続きな一本の道のりである。そしてそのすべての始まりを飾った、暗くも美しいあだ花を開かせたエネルギーの源は、この嫌悪感に他ならなかった。これまでの作品に比べると、確かにコマーシャルな意味でのポテンシャルとしては、バンドの名が持つ存在感を上回るものではないかもしれない。しかしそれにしてもラストにそっと添えられた“セパレーター(=分離するもの)”が印象的だ。この現実という名の夢から覚めることさえできれば、もっと美しい自分に出会うことができるのに。そう歌っているように聴こえる。
00:36 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Your My #1 Dee Jay

Truly For You
/ The Temptations

Temptations-Truly For You
君っていう子はほんとに
 モータウン・レコードといえば数々の作曲チームの手によってベルトコンベア式に次々と良質なヒット曲を大量生産することで有名だが(最も注目すべきはもちろん「良質な」というところだ)、テンプテーションズはその恩恵とある種の弊害(自らの出世のために我を張りすぎるプロデューサーとか、本人たちの意思に因らないメンバー・チェンジとか)を最も受けたグループだといってもいいかもしれない。76年にはモータウンからアトランティックへとレーベルを移籍するテンプテーションズだが、アトランティック期にはいまいちヒットに恵まれず、80年に彼らは再び古巣モータウン傘下のゴーディと契約する。本作はモータウン復帰から四年後の84年に発表された彼らのオリジナル・アルバムで、テンプテーションズ完全復活を決定付けた名盤として歴史にその名を残している作品である。プロデュースにはアル・マッケイとラルフ・ジョンソンのアース、ウィンド&ファイアー・チームがあたっているが、これまた見事なもので、ダンス・ナンバーは歯切れよくもまるでパートナーの身体をそっと支えるように優しく、バラードは甘けりゃ甘いほどいいとでも言うかのように砂糖てんこ盛り。バラードと言えばシングル・リリースもされている“マイ・ラヴ・イズ・トゥルー”が秀逸だが、アルバム・タイトルの原型にもなっている、このいとも簡単に「真実」をアピールしてしまういじらしいセンス、というか我慢のなさ。そこがとてもいい。デニス・エドワースに代わって本作からリード・シンガーとしてメンバー入りを果たしたアリ・オリ・ウッドソンがいきなり成果を上げた名曲“トリート・ハー・ライク・ア・レディ”(彼とオーティス・ウィリアムスによる共作)の強烈な存在感も特筆すべきだろう。彼女のことをまるでレディのようにあつかいたい、要するに素敵なジェントルマンになりたい、というようなことを歌った軽快なダンス・ナンバーなのだが、いささか軽快すぎるというかなんというか、もうウキウキと浮ついてしまうほど瑞々しいのだ。そしてその、ジェントルマンらしからぬ、ステップを踏まずにはいられない我慢のなさ、足元の落ち着きのなさこそ、本作の、というかテンプテーションズという、このときすでに二十年に及ぶキャリアを経ていながらにして、ここまでフレッシュになることのできるボーカル・グループの、最大の魅力ともいえる。そしてそれこそが、ファクトリー方式のモータウン・レコードがそれでも良質な音楽を生み出し続けることのできたひとつの要因であったような気がして、とても感慨深い。“トリート・ハー・ライク・ア・レディ”を聴いていると、紳士というよりもまるで男の子のように、もっと君に聴かせたい歌があるんだ、聴いてよ聴いてよ!と彼らがせがんでいるように聴こえて、僕はこの歌がとてもすきだ。だって君はきっと、まるで女の子みたいに手を叩いて喜んで、それに耳を傾けてくれる素敵なレディに違いないから。
15:52 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

白状しなくちゃいけないことが、真実だとは限らないってこと!それくらいは、わかるよね?

Diana
/ Diana Ross

Diana ross-Diana
音楽は喋らないなんて誰が言った
 三人組女性ボーカル・グループ、シュープリームスの一員として一時代を築いたダイアナ・ロス。69年にグループを脱退して活動の場をソロに移行させてからもヒットを連発したが、そのほとんどは70年代前半に集中している。本作は80年に発表されたソロ通算十一作目(マーヴィン・ゲイとの連名作などを含む)となるアルバムで、彼女の全キャリアにおける最高傑作との誉れ高い有名な作品である。70年代後半における彼女の斜陽期を吹き飛ばすような強引なまでにフックの強いディスコ・サウンドは、彼女自身の強い希望により採用されたナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズという“おしゃれフリーク”でお馴染みのシックのコンビが全面的に制作にあたっている。商業的にも久々に大々的なヒットを記録した本アルバムからは、現在でも単なるディスコ・ミュージックの範疇に収まり切らない規模で愛され続けている彼女の代表曲“アップサイド・ダウン”が誕生している。ダイアナ・ロスの確かな歌唱力のみならず、生楽器の演奏がたまらなく心と身体を高揚させる、是非ともリマスター盤でのリスニングをお勧めしたい素晴らしい作品だ。どの楽曲も、シングル・リリースに十分堪え得る凄まじいクオリティを現在でも保持している。中でも圧巻中の圧巻はセカンド・シングルとしてリリースされ全米五位を記録した“アイム・カミング・アウト”。他のいかなる楽器を用いても手に届くとこのない禁断のメロディを掻き毟るナイル・ロジャースのカッティング・ギターと、それにかぶさるじれったく思わせぶりなドラムによる導入部が、“帰ってほしいの”や“セプテンバー”など本当に優れたディスコ・ミュージックだけが放つことのできる、いまからとんでもないことが始まるんじゃないだろうかという大事件の予感と興奮をどうしようもなく掻き立てる。そしてその眩しい舞台で披露される、彼女の一世一代のカミング・アウト。「新しいわたしを、世界中に見せつけてあげる」。ディスコ・ブームの熱狂に押され存在感を失われるソウル。享楽的なディスコと渾然一体になりつつあるファンク。そんな80年という時代にそれらすべての要素を大胆にもひとつの鍋にぶち込んだ本作は、もはやそれらが仲良く手と手を取り合った和解の場ですらない。最高のディスコ・ミュージックであり、最高のファンク・ミュージックであり、最高のソウル・ミュージックであるということ。本当に素晴らしいものとは、ただそこにあるだけで、あらゆる物事の本質を言外に語り始めてしまうものだ。「誰にもできないやり方で、新しいわたしを見せてあげる」。ダイアナ・ロスはその骨ばった細すぎる身体から、声高々と叫ぶ。何にだって、誰にだってなれる。どこにだって行ける。それこそが、人間の想像力の本質に限りなく近いところから発せられる、最も誇り高い願いではなかっただろうか。
21:05 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

街では手榴弾が流行している。噂では君が僕に会いたがっている。

One From The Heart
/ Jocelyn Brown

Jocelyn Brown-One From The Heart
心から言いたいことなんて多くてもひとつくらいしかない
 70年代から80年代初頭にかけて、多くの傑作コラボやパトリック・アダムスのダンス・プロジェクトで素晴らしい作品を残してきたにも関わらず、いまいち認知度も低く正当な評価を得られていない感が個人的にはあるジョセリン・ブラウン女史。是非ともこのブログから再評価への兆しを見出したい(せめてひとりかふたりくらいは)と思い立ち、先日は彼女がリード・ボーカルを務めたインナー・ライフの作品を紹介しましたが、今回は87年に発表された彼女の二作目となるソロ・オリジナル・アルバム。84年のソロ一作目はVINVY DREAMSというインディ・レーベルからの発表だったが、本作はワーナー・ミュージックからリリースされたメジャー作品。マドンナを成功に導いたジェリービーンを筆頭に、NY系ダンス・ミュージック界の猛者たちがガッチリとプロダクションを固めている。結果として、サウンドはインディ期よりも格段にシャープに洗練され、しっとりとした歌い上げ系のバラードなど曲調のバリエーションも豊富になり、これまでには見られなかった彼女の新たな魅力を引き出すことに成功した良作。彼女自身が作詞・作曲を手がけた楽曲が大好きな僕としては提供曲ばかりというのは少し心寂しいが、冒頭を飾る“エゴ・マニアック”で歌われる、自尊心の強い思い上がった男に"You found love in the mirror"と当て付ける作詞センスには舌を巻いた。低予算のインディ作品とは違いキレのいいサウンド・プロダクションにも細やかなセンスが光る。恵まれた環境で制作され、うまく時流に乗ったこのアルバムからは、前作からの名曲“サムバディ・エルスズ・ガイ”でも届かなかったUSダンス・チャート首位の“ラヴズ・ゴナ・ゲット・ユー”という楽曲が生まれている。しかし、プロデュースの問題なのか彼女の調子の問題なのかはわからないが(歌声には相変わらずの迫力があるからきっと前者だ)、彼女のボーカルまでもが、力強くも小奇麗に整頓されてしまったような印象が本作にはある。アルバムのトータリティではやはり劣るところがあるかもしれないが、僕には前作のチープな作りの方が趣味に合う。サビのような、ヤニのような、垢のような、誰かのそんな絶妙な愛着を、初めて聴いた時から連想させる。まるで、本数が少なくなってクシャクシャになったタバコのソフトケースみたいな安っぽい質感。だからこそ切なく、そして、彼女の大胆不敵な歌声が誰にも制御されずに大暴れする、とっても狂おしい作品だった。本作もかっこいいアルバムだし、ジャケット写真でもいい顔をしているが、もっと乱れた彼女がみたい、と聴き終わる度に思ってしまう。愛しい誰かと本気で出会おうとしたときの彼女のグルーヴはこんなもんじゃない。要するにソウルって、だいすきっていう、愛着のことなんでしょう。
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ソウルって背中にあるからなかなか見えないんだろうね

The Poet
/ Bobby Womack

Bobby Womack-The Poet
声にもきっと、背中があるんだろう
 サム・クックのソウルの遺伝子を受け継いだボビー・ウォーマックによる81年作。70年代後半、ディスコの台頭により脇に追いやられたソウル・ミュージックを、すでに第一線からは遠ざかっていると見做されていたボビー・ウォーマックが見事復権させたとして知られる本アルバム。一曲目の“ソー・メニー・サイズ・オブ・ユー”からして、ウォーターズとウォーマック・ファミリーによるバック・コーラスが特に素晴らしい。ほとんど全曲に亘って、このバック・コーラスが単なる引き立て役に終わらない、いい仕事をしている。このコーラスとどこか西海岸風の香りのするアレンジが、70年代のソウルをマイルドに垢抜けさせて新たなソウルの雛形を本作に結実させた、重要な役割を果たしていることは間違いない。いったい何を以ってソウルと成すのか、という議論になれば当事者の中でさえ様々な意見があるだろうし、そんなことはそもそも楽譜の上にさえ書かれていない、筆舌し難いことだと思う(っていうか普通に使ってるけどソウルってどういう意味? 僕の使い方あってる? 誰か教えて!)。しかしもし、奴隷制度によってアメリカ大陸に連行された黒人たちがある種の救いを求めて歌ったとされるゴスペルやブルースから派生したものがソウルと呼ばれるものならば、その重大な要素として挙げてもいいものは、一連の音楽的系譜に血のように流れる運命的孤独かもしれない。A面からB面に向かうにつれて、アップテンポのウキウキするナンバーからメロウなバラードへと綺麗にグラデーションされていく印象のある本作だが、ポケットに突っ込んだ片手には常に小さな孤独を握り締めているような彼のいがら声も、終盤に向かうにつれて自然と狂おしさを増していく。特にラスト、ディスコグラフィーに燦然と輝く名曲“イフ・ユー・シンク・ユア・ロンリー・ナウ”と“ウェア・ドゥ・ウィ・ゴー・フロム・ヒア”で、孤独に裏打ちされたような彼の希求力あるボーカルは爆発的にその真価を発揮する(バック・コーラスもよりゴスペル調へと高められていく)。「いま寂しくて仕方がなくても、夜まで待っていてくれ」と歌われる、そもそも夜まで待たなきゃいけないこと自体が寂しいんですけど、と言いたくなるやるせない孤独から、「いったいどこへ向かうのか」という根源的な問いに結ばれていくところがいい。ポケットの中に小さな孤独を仕舞い込んだまま、僕たちはいったいどこへ向かうのか。それはいつまで経ってもわかりそうにないけれど、生きている限りどこかへ向かって彷徨うように泳ぎ続ける君の後姿なら、僕はいつまでも見ていたい。
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When you need a hand to hold...

Soul Legends
/ Four Tops

Four Tops-Soul Legends
その指先に宇宙がある
 ジェイムス・ブラウンやマーヴィン・ゲイ、ダイアナ・ロスなど、ソウル・ミュージックの巨匠たちのヒット曲を惜しみなく収録した、ユニヴァーサルから発売されている『ソウル・レジェンド』シリーズ。本作は、60年代にモータウン・レコードの代表的なヴォーカル・グループのひとつとして数えられたフォー・トップスのバージョン。収録曲は、64年のデビュー・シングル“ベイビー・アイ・ニード・ユア・ラヴィン”から72年にダウンヒル/ABCに移籍するまでの、モータウンから発表されたシングル楽曲が中心となっている。70年代には一時停滞期を迎えるも、81年にはカサブランカ・レコード移籍後第一弾となったシングル“ウェン・シー・ワズ・マイ・ガール”で十六年ぶりのチャート首位を獲得し再び存在感を発揮し始める彼らだが、本作にはその時期の楽曲は収められておらず、キャリア初期の名曲がずらりと並んでいる。それにしても、彼らが初めてチャート首位を獲得した65年の出世曲“アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ(シュガー・パイ、ハニー・バンチ)”はもちろん、ジャクソン5やグロリア・ゲイナーもカバーしたモータウン史に残る名曲“リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア”が並ぶこの曲群を見ればやはり破格の内容だと頷かざるを得ないだろう。朝靄のように美しいコーラス隊の歌声と、その薄いヴェールを掻き分けて力強く手を伸ばすようなリーヴァイ・スタッブスの迫力あるリード・ヴォーカルは、全曲に亘ってまったくブレることなく、素晴らしく演出されている。そんな数々の名曲の中から、僕が個人的に気に入ったのは“ウォーク・ウィズ・ミー、トーク・ウィズ・ミー、ダーリン”という曲。いまでこそラヴ・ソングも様々な事情で歌われているが、この年代のラヴ・ソングにはどうもキス以前、というか手を繋ぐ以前、のようなともすれば幼稚にとられかねないシンプルな欲求を歌ったものがやたらと多い。事実このアルバムにもいわゆる恋愛の初期段階のような歌が多く収録されている。しかしその欲求がシンプルであればあるほど、余計なものを押しのけて真っ直ぐに心を射抜く彼らのラヴ・ソング。そしてだからこそ、それらの欲求を通過した後のような“アイム・イン・ア・ディファレント・ワールド”(そう、本当にとびきり気に入ったのはこの曲だった)で、彼らの歌声はもはや翼でも生えてきそうな解放感に満ちている。一緒に歩いて、一緒に話して。どれほど夢見ただろう。宇宙に憧れるスペース・シャトルの乗組員みたいに、その時を願っていた。恥辱だろうが怨念だろうがラヴ・ソングはどんなものでもやっぱり素敵さ。でも本当は、みんなこんな歌を歌いたかった。そんな素敵な名曲がたくさん詰まってる。
08:48 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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