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Empire State Of Behind

Aross 110th Street
from the album "Across 110th Street"
Bobby Womack

Bobby Womack-Across 110th street
都市の弱点に呑まれる
 かの偉大なるサム・クックの寵愛を受け実の兄弟と共にウォーマック・ブラザーズの一員としてレコード・デビューを果たしたボビー・ウォーマック。この曲は、サム・クックの死後ソロ活動に専念することになった彼が72年に公開された映画『110番街交差点』のサントラのために書き下ろした楽曲。タランティーノの97年公開映画『ジャッキー・ブラウン』のオープニングでも使用されている(余談だけど、この映画では美声ソウル・グループ、デルフォニックスの楽曲もとっても重要な役割を果たしている)。イントロからして唸らされる。明らかにファンクの影響を受けながらも、ファンクならではの浅はかさをあえて嗜めるようなギター・サウンドが都会的な洗連を感じさせる一方で、欲望に満ちた都市の猥雑さがまるでゴミ箱から発せられる異臭のように、音の隙間から漏れ出してくる。そして、光と闇のように相反するその洗練と猥雑さのせめぎ合いがある種の緊張感として、この歌に独特なグルーヴをもたらしている。未熟な若者に向かってニューヨークでサバイブしていくことの苛烈さを説教するかのようなリリックも印象的。欲しいものすべてが手に入る110番街交差点。しかしそこに集まる欲望は交差するほど複雑でもなく、ただただ圧倒的な強さと大きさで弱者を呑み込んでいく。"Look around you,look around you......"と魅力的ないがら声で注意を促しながら迎えるエンディングでは、タバコの煙を燻らせながら背中を向ける、孤独な男の歩いていく姿が通りの向こうに見える。名曲。
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23:00 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

ポッケに突っ込んでた手は、いつもピースサインだったんです。

Inner LifeⅡ
/ Inner Life

Inner Life-Inner Life2
ずっとあなたに会いたかった
 70年代からニューヨークのスタジオ・シンガーとしての活動を開始したダンス・ディーヴァ、ジョセリン・ブラウン。数多くの著名なシンガーとのコラボレーションを経て、78年にはダンス・ミュージック・プロデューサーとして知られるパトリック・アダムス(ロレッタ・ハロウェイやシスター・スレッジのプロデュースも手掛けている)が企画したダンス・ユニット、ミュージックにボーカリストのひとりとして参加(“キープ・オン・ジャンピン”は名曲中の名曲)。翌年の79年、ミュージック同様にパトリック・アダムスが仕掛けたプロジェクトとして始まったのがこのインナー・ライフというバンドで、ジョセリン・ブラウンがついにメイン・ボーカリストとして大抜擢されたというただそれだけでも感動を禁じ得ない重要な出来事だ。活動期間は80年代初頭までと短く、オリジナル・アルバムも二枚しか残していないプロジェクトだが、両方とも掛け値なしに素晴らしい作品である。本作は81年に発表された彼らのセカンド・アルバムで、マーヴィン・ゲイとタミー・テレルが67年に放ったヒット“エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ”のカバーやプロデューサーのパトリックが手掛けた楽曲に加え、ジョセリン自身が作曲した楽曲まで収録されていた80年のファースト・アルバムとは違い、ほとんど全曲をプロデューサーのひとりでありギタリストでもあるスタン・ルーカスが手掛けている。その結果として、ジャジーな趣きをも思わせた前作よりも、よりディスコに近づいたような印象を受ける(ファースト収録曲の中でもスタンの歌は特に景気が良かった)。ジョセリン・ブラウンという人はとにかくそのゴージャスな歌声ひとつで聴き手を黙らせる迫力を持ったシンガーなので、何を歌わせても本当に聴き入ってしまうのだが、楽曲のグルーヴ感が高まれば高まるほど、本人でもテンションを制御できなくなるところがどうやらあるみたいだ。84年に発表された彼女の記念すべきソロ・デビュー・シングルにして大傑作“サムバディ・エルスズ・ガイ”にしても、愛する人に裏切られた女性の悲しきオープニングから、楽曲が終盤に向かいグルーヴが身体に馴染み始めるにつれて、なんだかもう楽しくなっちゃってるんじゃないかと疑いたくなるような素敵なボーカルを披露している。本作のラストに収録された“ファインド・サムバディ”という歌でも、彼女はやってくれている。どこを調べても歌詞が出てこないので何を歌っているのかさっぱりわからないのだが、誰かとまだ出会うことができる、と彼女は恐らく信じて止まないのだろう。天にも昇りそうな彼女のハイ・テンションなボーカルには本当に圧倒される。わたしのことはあなたに任せた、と、それこそ我を忘れて、不敵の笑みで歌っているかのようだ。
10:25 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

地図を辿る奴は冒険を知らない。君は地図を描いてる。

ひみつ
/ YUKI

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そして、「君」と呼べない人などどこにもいない
 高校に入学して最初の一ヶ月、特に入りたい部活もなく、毎日決まって話すような友達もできなくて、にぎやかな休み時間になると、ルーズリーフを一枚取り出して、だいすきな歌の歌詞をそこに書き込むのが、いつの間にか僕の習慣のようになっていた。メールアドレスを交換したりする楽しげな声が響く中、ひとりせっせとルーズリーフに文字を書き続ける僕の姿は、もしかしたら他のクラスメートたちから見たら、とても勉強熱心な優等生、もしくは、まるで何かの修行に励んでいる真っ最中のように映ったかもしれない。もちろん、そんな意図ではまったくなかったのだが。僕はただ、誰かに気付いてほしかっただけだ。何書いてんの? あぁこれ知ってる、あの歌の歌詞やろ? 何でもよかったし、誰でもよかった。誰かが僕の行いに気付いて、話しかけてきてくれればいいのに。そう思っていた。あて先が不明なままの、手紙みたいなものだ。それでも誰かが受け取ってくれればいいと思って、休み時間が来るたびに書いていた。
 返事は一向に来ない。それでも僕にも次第に、顔を合わせれば声を掛け合うような関係の人が何人かできるようになって、自然と休み時間はその人たちと話して過ごすようになった。当然、ルーズリーフに歌詞を書くこともなくなった。いま考えてみれば、あんなことをきっかけに話しかけてきてくれる人なんてそんなにいるはずもないのに、いったい何枚受け取り人のいない手紙を書いただろうと思う。せめてマリリン・マンソンなんかじゃなくて、もっとロマンチックな歌の歌詞を書いていればよかったのに。そんなことだから、いつまでたってもラヴレターを書くのがとても下手くそなのだ。


 前々シングルにあたる“うれしくって抱きあうよ”以来、「ひとり」を歌うことを止めたYUKIの、通算二十二枚目となる今年初のシングル。“うれしくって抱きあうよ”、そして前シングル“2人のストーリー”に続いて、この歌でもYUKIは、あくまで「ふたり」であろうとしている。以前の作品に見られた、ひとりの女の子としてのヒリヒリしたスリルはすでに鳴り止み、前二作のシングル同様、足並みの揃った「ふたり」の辿ってきた道のりを再確認するような、優しく穏やかな空気が全体を覆っている。疑いようのない多幸感に溢れた歌に感じられる。しかし気になるのは、この歌に登場する「ふたり」の関係について、その絆について、その強さについて、歌われていることが、たったのこれだけであるということだ。

 「三日月…夜空が笑ってるみたいに見えるよ」っていう話
 わかってくれて ありがとう


 サビというある種の絶頂の訪れと共に歌われるこの詞。それはまるで、この歌に登場する「ふたり」の愛の最大の高まりが、まさにそこにあったかのようにも聴こえる。しかしそれにしても、「ふたり」の愛の証明がそこにある、と主張するのに、この三日月のエピソードしかないというのは、いささか頼りなくも感じないだろうか。「夜空が笑ってるみたいに見える」という単なる思い付きを理解してくれた、ただそれだけ、なのである。何の根拠もないただの偶然と一笑するに、あまりにたやすい。銀色の指輪よりも脆く、キスほどの甘みもない、カタチすら持たない約束。そんな壊れやすい約束を、この歌はサビという最大の見せ場で、高らかに誇示してみせるのだ。
 しかし、この「ふたり」の愛に、それ以外のいったい何が必要だろうかとも思う。謎解きのようなものだ。三日月を見て、「夜空が笑ってるみたいに見えるね」と言う。それに「うん、そうだね」という大正解で答えてくれるかどうか。何も試しているわけではない。それに、何ならうまく正解なんてできなくてもいいのだ。そしたら「私」はまた「君」に、新しい謎を用意するだけのこと。ひとつでも正解してくれたら、それはすでに「ふたり」の勝利なのだ。僕も、いままで色んな謎を仕掛けたことがある。ルーズリーフに書きまくった歌詞だってそうだ。あいにく、「何書いてんの?」とその謎を解き明かしてくれる人はそのときの僕には見つけられなかったが、でももう知っている。もし君があの教室にいたら、きっと君は僕の席までゆっくりと歩いてきて、にやにや笑いながら話かけてくるに違いない。何年も月日が経って、ふたりでその、初めて会話を交わしたときのことを思い出しながら、僕が「あのときなんで僕に話しかけてくれたの?」と尋ねたら、きっと君は、「だって君が何かを書いていたから」と余裕の笑みで答えるんだろう。そしてその一言が、僕にとっての新しい証明になる。だって、君がそう言ったから。だって、君がわかってくれたから。たったそれだけのこと。しかしそれだけで十分なのだ。


 自分の仕掛けた謎を見事に解き明かしてくれた「君」。わかってくれた「君」。「ひとり」から「ふたり」であることにシフト・チェンジしたYUKIは、そんな愛しい「君」と「私」について、歌おうとしている。その愛しさにふさわしい言葉を、これまでYUKIは楽曲のタイトルに冠してきた。「抱きあう」「2人」、そして、この歌。家族じゃなくて、友だちじゃなくて、恋人じゃなくて。家族のようで、友だちのようで、恋人のようで。まだ、「君」と呼ぶ以外に、ふさわしい呼び方を知らないような、そんな愛しい関係。だからきっとこの歌は、このタイトルじゃないといけなかったんだろう。
 

 人は、ルールを作り、説明書を読み、辞書を持ちながら、しばしば生きたがる。そんな制約を楽勝で飛び越えて、僕の謎に真っ向から挑戦してくる愛しい君。そんな勇敢な君のことだから、いまだってきっと、色んな誰かの謎にユーモアの利いた答えを繰り出していることだろう。
 僕と君。ふたつの星が、いったいどんな星座を描くことになるかなんて、知っているやつはどこにもいやしないさ。それでもその星座が、ほんの偶然でも、気まぐれでも、綺麗に見えるときがあればいいなと願っている。
18:39 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

「水はコップに入れるとコップになる。ボトルに入れるとボトルになる。水に流れることも、衝突することもできる」

September
/ Earth, Wind & Fire

Earth Wind and Fire September
踊るその影は愛のカタチ
 ディスコ・ミュージックを聴くたびに思う。やはりディスコというだけあってハイ・テンションでとっても元気な歌が多いことはわかるのだが、どの歌も、未来の話になると極端に気弱になってしまうところがある。しかしそれにしても、自分たちの歌の始末の仕方すらわからないのか(そんなに近くの未来すら、という意味だ)、ほとんどの楽曲がフェード・アウトで立ち去る設定になっているのが、ディスコ・ミュージックという音楽の持つなんともいじらしい性格のひとつであることも確かなのだが(お気に入りの歌でプレイリストを作ったらシェリル・リン以外は全部フェード・アウトだった)。でもそれはきっと、朝が来ればお開きになってしまう、永遠に踊り続けられるわけではない、と賢く割り切っているからというわけでもないのだろう。ただそれは、太陽に向かって走れ、それでも明日はやって来る、のような無責任なことを、ディスコの当事者たちは歌おうとしていないだけのことだ。そしてだからこそ、彼らは執拗に「リメンバー」を歌う。思い出すということ。それこそがディスコにおける絶対最強の解放。誰にも教わったことのないステップを踏むことができる。頭に記憶がないからって、初めてのこととは限らない。それはきっと、身体だけが憶えていたステップ。だって僕たちは、方法なんて誰にも教えてもらっていないはずのに、上手に夢をみる。誰かを、すきになる。
 九月になると注目されるお馴染みの歌、というイメージがあるが、この歌で歌われているのは、実は十二月のある夜のこと。この歌に限らず、ディスコ・ミュージックのお気に入りのイントロが流れ始めると、無性に胸が躍ってしまう。そしてあの、ペペペペンペンに続く第一声は、もちろん歌詞カードなんて見る必要もなく、「ドゥ・ユー・リメンバー?」に決まってる。慣れ親しんだ関係でも、何度も何度も、思い出せる。遊んでいると、踊っていると、いったいどちらがどちらに合わせて踊っているのかお互いにわからないまま、それでも踊り続けてる。まるで、楽しい会話がいつだって滑らかに話題を摩り替えて、結局どうしてそういう話題に行き着いたのかわからなくなるみたいに。それでも踊り続けることができる。話し続けることができる。それは記憶にないだけで、ずっと最初から共有していたリズムとステップだからだ。それを一緒に、思い出している最中。そのまま踊り続けていたら、またいつの間にか、外の桜は満開になって(思い出すんだから、いまの季節はいつだっていいだろう?)、曇り空は晴れている。夜になれば、だいすきな星を数えることもできるだろう。

13:48 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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