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2010年ベスト・ソング⑩

Baby
from the album "My World 2.0"
/ Justin Bieber feat. Ludacris

Justin Bieber-My Worlds
猫も犬も辞書なんて持ち歩かない
 例えば、道端でかわいい顔をした子猫を見かけたら、あなたはいったいどうするだろう。いつもより少し高い声で「にゃあ」と猫の鳴き真似をして、チッチと舌を鳴らす? 当然あなたはその子猫の気を惹こうとしてそうしたのだろうけど、しかしそのとき、その子猫は小さな頭の中でどんなことを考えているだろう。なんか人間のヤツが「にゃあ」とか言ってやがる、ところで、「にゃあ」っていったいどういう意味? そんなことを、考えてはいやしないだろうか。実はこれ、スヌーピーの頭の中の話である(彼の頭は見るからに結構な大きさだ)。言葉、と呼ばれるものには本来、その程度の意味しかない。対猫でこうだとして、では人間同士の場合はどうだろう。人は、いったいどれだけの根拠を持って、他人の話す言葉からそこに預けられた意図や意思を汲み取ることができている、と頷くことができるだろう。気持ちと言葉は必ずしも一致しない。むしろ、一致する方が稀だろう。相手に何かを伝えようとして言葉を探ることは、ある意味では気持ちと言葉の妥協点を見定める作業と言えなくもない。しかしその難しい作業が実を結ぶかどうかは、その言葉を聞いた相手次第である。話し手の口元を離れたその瞬間から、言葉は話し手の意識から乖離してしまう。しかしその一方で、話し手がまったく予知していなかった意味を、その言葉は聴き手側で発揮してしまうことも多々ある。ただでさえ口下手な人間なので、もう少しうまくやれないものかと苦労しているつもりなのだが、難しい。そんなとき、歌が歌えたら、と思う。全米上位に食い込むくらいとびきりポップで、でも玄人リスナーには浅はかとか薄っぺらいとか非難されちゃうような、そんな歌がいい。中身がないと言われても結構。だって僕は、意味なんて何も持たない歌を歌ってるんだ。その歌を埋め尽くした歌詞に意味なんてない。年上の有名ラッパーに参加してもらって経験談的なアドバイスを歌の一部に入れてもらったりもしたけれど、実はそんなのどうだっていいんだ。でも、わかるかな。何ひとつ意味を持たない言葉の集合の中に、たったひとつだけ、群を抜いて意味のない言葉が紛れていることが。ベイビー。ちょっとサムイ気分になっちゃうくらい、意味不明な言葉だよね。でも君がわかってくれるまで、何回でも繰り返し言うよ。べいび、べいびべいび。笑っちゃうね。だって、歌ってる僕でさえその言葉の意味を知らないんだ。でも、何回でも、色んな息づかいで、色んなメロディで、口ずさみたくなるんだ。そういう素敵な言葉があることを知ってる。だって僕は、君の名前の意味なんてこれっぽっちも知らない。
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2010年ベスト・ソング⑨

Teenage Dream
from the album "Teenage Dream"
/ Katy Perry

Katy Perry-Teenage Dream
はしたないくらい愛して
 年甲斐もない話だが、アイドルとかスターとかとにかくそういう煌びやかなものに弱い。何がいいって、やっぱり見ていて心も身体も踊りだしてしまうくらい、お行儀が悪くなってしまうところだ。そしてそのお行儀の悪さこそが、アイドルやスターに関しては最大級の礼儀である、というところがまたいい(思い込んでいるだけと言われればそれまでだが、しかし、思い込むことができる、ということがいかに幸せなことか)。彼らが立つ、メディアというとてつもなく大きなステージ。そこは、ただひとつ許された、世界で最も巨大な求愛の場所だ。そこで惜しげもなく派手な露出を繰り広げるケイティ・ペリーには、グラミーでさえもひれ伏した。セカンド・アルバム『テーンエイジ・ドリーム』から発表されたシングル三曲はすべてが全米一位を獲得、リード・シングル“カリフォルニア・ガール”は2010年全米で最も売れたシングルにも選ばれた。コメディアンであるラッセル・ブランドとの結婚など、ゴシップでも話題に事欠かなかった2010年のケイティの大股闊歩ぶりには、やはり本物のスターだけが見せることのできる、世界中を魅了していくその姿そのもので更に人々を魅了する、というミラクルが起こっていた。ひとりの女性を中心に世界が狂気していくその様相は、わたあめみたいな甘い思い込みがふくらんでいく『ティーンエイジ・ドリーム』のジャケットのイメージともとてもよく似ている。そんなケイティのセカンド・アルバムから、表題曲でありアルバムの冒頭を飾ったこの歌を選んだ。とてもワクワクする言葉が並ぶ。ティーンエイジ・ドリーム。ヤング・フォーエヴァー。ターン・ミー・オン。しかし極めつけは、ハート・レーシング。ハートの競争である。そうなれば、やはりドキドキした者勝ち、ということだろう。それがたとえ恥ずかしい思い込みにすぎなかったとしても、である。そして、煌びやかな大ステージに立つことがないかもしれない僕たちでさえ、そんな求愛の場所をすでに知っている。この歌で歌われる「ティーンエイジ」とは、きっとそういうことだろう。
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2010年ベスト・ソング⑧

Honey
from the album "Nobody's Daughter"
/ Hole

hole-nobodys daughter
女の子は嘘しかつけない
 ホール名義としては実に十二年ぶりとなるオリジナル・アルバムを昨年発表したコートニー・ラヴ。コートニー以外にオリジナルのメンバーがひとりも残っていないことが、この作品がホール名義でなければならなかった必然性をいまいち感じさせなくもあり、それと同時に、ホールというバンドの背後にある彼女の個人的な物語、すなわち、あの94年、『リヴ・スルー・ディス』の物語を聴き手に激しく想起させる効果を上げている最も大きな要因でもある。コートニーという女性は、口先とおっぱい以外を母親のお腹に忘れて産まれてきたような人だと思われがちだけど(要するにビッチってことだけど)、彼女の音楽を実際に聴いてみたら、とてもそんな風には思えないはずだ。このアルバムにしても、ジャケットのマリー・アントワネットはそれがマリーであるという認証に必要不可欠な「顔」を失い、タイトルは「ノーバディ」というどこの誰でもない名称を必要としている。そうやって無我の仮面の裏側に隠れなければ、誰もがあの悲劇を連想してしまうホールというコスチュームの身では告白もできないほど、実は脆いのだ。だから、この“ハニー”という楽曲の中で歌われる「あなた」や「彼」が、いったい誰のことを指し示すのかは、僕には当然わからない。しかし、痛々しくも切ない歌である。ハニーというだらしないほどに甘い関係にあったはずの人が、すでにビター・エンドに沈んでしまっているという激しい対比。雨の降る中、恐らくは一生埋め隠すことのできない真っ暗な穴の奥底を掘り起こし、彼女は自分と同じく顔を失ったかつてのハニーの幻影を蘇らせる。その姿だけが、この作品がドラマに溺れたホール名義でなければならなかった唯一の必然性として成立している。“ハニー”の中で歌われる「リヴ・フォーエヴァー」の叫びは、やはりどこまでも『リヴ・スルー・ディス』と地続きなのだ。すっかり割れ果てて、皮膚にめり込んだ破片が足元を血まみれにしても、彼女はそれが自分のために用意されたガラスの靴だったと自分を騙して履き続けている。彼女がその嘘をつき続ける限り、僕は騙され続けよう。僕は言い訳しかできない男の子だから。
12:57 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

2010年ベスト・ソング⑦

Scribble
from the album "Barking"
/ Underworld

Underworld-Barking.jpg
心と身体の鳴き声
 アンダーワールド通算六作目となるオリジナル・アルバムから。楽曲タイトルは、「殴り書き」という意味。その言葉が示すとおり、数々の名詞が意味を失った記号のように放置され、音のひとつひとつが星屑のように散らばっている。色とりどりのネオンの輝きに溢れた夜の街を車で疾走するみたいで(できればポンコツ車がいい)、その描き出される乱れた景色がとても綺麗だ。「鳴き声」というアルバム・タイトルも、雑多なままのアートワークも、素敵だと思う。アンダーワールドの音楽にはこれまでどちらかと言うと、銀色のフレームのような硬質な印象を抱いていた(きっと車のCMに使われてたからだけど)。そしてだからこそその音楽はときに幾何学的で、思慮深く理知的で、そして、少し理屈っぽかった。抽象的なイメージを具体へと昇華させることが、耳に聞こえる実態を持った音楽の重要な目的のひとつであることは間違いない。しかし、初めて自分たちの持っているポップ性を認めることができたアルバム『バーキング』で、彼らはそんな具体さえも内包するもっと大きな抽象の宇宙へと華々しく解放されていったような気がする。人間とは違う言語で話す数々の音それ自身が、その宇宙が如何に自由であるかをすでに「わかっている」のだ。太古の人々が夜の空で星を結ぶ落書き遊びをしていたように、どこに配置されても自分たちがひとつに繋がれることを知っている。そうやって自由に跳ね回る粒子のような音が、部屋中の壁に光の流れを生み出すミラーボールみたいに、ひとつの巨大な河を作っていくのだ。そのまま壁紙にしたくなるような、めくるめく陶酔のダンス・ミュージック。人は、なぜ踊るのか――。それは、人の心と身体が、必ずしも一致した形をしていないからだろう。見ようとしても目に見えない心と、見たくなくても見せつけてくる身体。本当に優れたダンス・ミュージックだけが、そんな仲の悪い心と身体に、和解の場所があることを示してくれる。人が踊るとき、その素敵なダンスはきっとこんな風に鳴いている。
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2010年ベスト・ソング⑥

Love You Long Time
from the album "The Beginning"
/ The Black Eyed Peas

black Eyed Peas-Beginning
It only takes a minute, girl...
 レコードというのは本当に不思議なもので、たまに自分の家でも聴いたりするのだけど、なんであの黒い溝を針でなぞるだけで音が出るのかさっぱりわからない。レーザー光線を使うCDの方は、どこかそういう反則技的なところがあるから超能力みたいなもんで、仕組みはわからなくても納得はできるんだ。溝と針だけの方がよっぽど高度な技術なんじゃないかと思えてくる。それに、例えば最新技術が惜しみなく使われたレコード・プレーヤーがあるとして、スピーカーとかも超高性能のやつで、すっごい綺麗な音を出すことができたとしても、果たしてそれは本当にそのレコードの「オリジナル」な音なのか、みたいな疑問もある。タイムレスなものでないが故に、技術で計れる時間間隔に対してとても敏感な代物なのだ。そしてだからこそ、その溝に針を落とすだけで、時間を止めることのできる魔法の箱でもある。つまりは、そこ以外の世界のすべてが目まぐるしいスピードで時間を刻んでいる、ということだ。広がり続けるその時間的なギャップ。過去はどこまで未来を圧倒することができるのか。未来はどこまで過去に歩み寄ることができるのか。ソロ作品を含めた近年のウィル・アイ・アムの音楽的挑戦の矛先は、そこにあるのではないかと思う。初めて聴いたときから、この歌に夢中だった。大好きなKCアンド・ザ・サンシャイン・バンドの“ギヴ・イット・アップ”が借用されているから。ただそれだけの理由だったかもしれない。いや、やっぱり違う。もっと、ずっと前から好きだった。この歌を実際に聴いたときよりもずっと以前から、この歌のことが大好きだった。だって、「イット・オンリー・テイクス・ア・ミニット、ガール」の続きは絶対に、「トゥ・フォール・イン・ラヴ」。初めて出会ったときの、そのたった一分にも満たない一瞬で確信できる。初めて出会えた「いま」という未来に、ずっと出会いたかった過去が同時に再生される。未来がようやく過去に追いつくその瞬間。それは、まだ始まっていなかった過去のビギニング。僕の専門じゃないもんで、溝と針の手品のネタを暴くにはまだまだ時間がかかりそう。でもよく見てみたら、人間の肌にもいっぱい溝が刻まれてるよね。もしもダンスに誘うつもりで僕の手に触れてくれたのなら、そうだね、“セプテンバー”くらいなら頑張って歌うよ。
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2010年ベスト・ソング⑤

Someone's Missing
from the album "Congratulations"
/ MGMT

mgmt-congratulations-aa.jpg
どうせなら宇宙の果てまで行け
 自分探しの旅、と呼ばれるものが疑わしい。いったい何がどうなって、世界一周とかしてしまうのだろう。もしも色々と考え事がしたいのなら、椅子に座って目を閉じるだけでいい。日焼けなんてしなくても、すぐに迷子になれる。「自分探しの旅」。実に聞こえのいい呪文である。では、これはどうだろう。「生きている」。鉄壁の呪文だとは思わないだろうか。人類が作り出した、最強の宗教である。正確には、この宗教によって、人間は「生かされている」。そして、どうやら人間の作り出すものは、常にこのシステムをプログラムされて出来ているようだ。社会、法、コミュニティ、テクノロジー、情報、時間、自然、言葉、感情、意識、神。人間が生み出したこれらのものが、なぜかその持ち主であるはずの人間を拘束し、掌握し、他でもない人間に奉仕されることを望む。人間はいつのまにかその制約の中でしか生存できなくなってしまった。すべてが生命維持装置。「生きている」という幻のチューブに繋がれて、「生かされている」。いったい誰の意思で? そこにとりあえず納得するしかない答えを捏造するために、人間は自我を持った。これが、「生きている」という宗教の起源だ。しかし、本当にそうだろうか。社会を怖れ、法に縛られ、情報を食い、感情に戸惑う。どこまでが本当の自分の、本物の意思だろうか。「生きている」と思い込んでいる人間は、知らず知らずのうちに、まさにその思い込みによってこそ、「生かされて」はいないか。この宇宙は、何者かの手によって囚われていやしないだろうか。昨年発表されたMGMTの『コングラチュレイションズ』というアルバムは、そんな囚われの宇宙の外側でしかなし得ない、まだ犯されていないまっさらな歓喜の産声に、限りなく近づこうとした作品である。そんなアルバムの中から、恐らく最もポップであろうこの曲を選んだ。記憶の彼方を探っても思い出すことのできない、どこの国を訪れても出会うことのない、Googleの検索でさえも見つけることのできない、失われた「Someone」を取り戻すことで、彼らは、あるべきものがないこの宇宙からの大胆なエスケープを図った。誰かがいないような気がする。そんな偶然のような思いつきを発掘した瞬間、この歌は凄まじい絶頂を記録する。しかし、ようやく盛り上がったと思ったそばから、萎むようなフェードアウトでこの歌は終結へと向かう。ずっとこの構成が不思議だった。どうしてもっとこの高揚を持続させてくれないのか。しかし、やはりそうでなければいけないのだ。ひらめきへの喜びもつかの間。今度はこの真新しい発想に「生かされる」。襲い来る大波のように宇宙はいまも、その漆黒のマントを広げ続けているのだ。
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2010年ベスト・ソング④

Dance In The Dark
from the album "The Monster"
/ Lady Gaga

Lady Gaga-Monster
Don't Call Me Gaga.
 夜、ふと空を見上げてみたら、たくさんの星が大きく光っていました。これは本当にいつもと同じ夜空なのかと疑問に思うほど、それはそれは素敵な星空だったのです。まるで、夜空という果てしなく広い暗闇の中で楽しげに踊っているかのように、ひとつひとつの星の輝きが、わたしにはひどく魅力的に思えたのです。しかし、わたしが何をしていようと、星はいつだってそこにいて、夜が訪れる度に踊っているのです。ただ、わたしがこれまで気付かなかっただけのこと。夜空に星原が広がるこんな夜に、お話を聞いている途中で眠ってしまった子どもたちが素敵な夢の中で戯れ、優しい大人が枕と一緒に幻想を抱いて静かな涙を流すのでしょう。すべては、夜の仕業です。夜が嘘をつくのです。そして、嘘をつかない夜など、どこにもありません。夜の裏側などどこにも存在しないのです。それは決して朝や昼ではありません。犬の反対が猫でないのと同じ、と言えば少し分かりやすいかもしれません。夜のつく悪気ない嘘のひとつひとつが、わたしたちをとらえて放さないのです。まるで、いつまでたっても冬のダイアモンドから抜け出すことのできないリゲルのように、暗闇が広がる時間になると、手足を縛られてしまうのです。しかし、リゲルはそのことを不自由に思うことがあるでしょうか。わたしにはわかりません。あなたに尋ねれば、何か素敵な嘘っぱちの物語を聞かせてくれるかもしれませんね。あなたは、わたしには嘘しかつかないのですから。つまり、嘘をついたが最後、です。どんな後出しの否定や言い訳をしても無駄なのです。あなたのついた嘘は、すでにあなたの口元を離れ、意思を離れ、わたしを夜空に縛り付けているのです。あなたのついた何気ない嘘が、わたしを星座の中に閉じ込めるのです。人は、夜空を見上げ、手を触れることのできない、肉眼では確識することさえできない星のひとつひとつに、愛しい名をつけ、それを呼ぶのです。わたしは、嘘から生まれました。星の綺麗な夜に、他のわたしを呼ばないで。
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2010年ベスト・ソング③

Your Love Is My Drug
from the album "Animal"
/ Ke$Ha

kesha_animal1.jpg
たべちゃいたいくらいすき
 昨年実に二枚ものアルバムを発表したケシャ。全米一位を記録した代表曲“ティック・トック”を収録したデビュー・アルバムの中から、この歌を選んだ。レディ・ガガほどの知性があるわけでも、ケイティ・ペリーほどの魔性を秘めているわけでもない。しかしそれらを上回るポテンシャルを感じさせる強烈なキャラクターを持ったシンガーである。デビュー・アルバムでは「肉食系女子」的スタンスを確立した彼女だが、セカンド・アルバムのタイトルはなんと『カニバル』、もはや「人食系女子」である。とても魅力的だ。ケシャは数々のおてんばなエピソードと危ういほどにどストレートな歌を引っさげて2010年のシーンに転がり込んできた。名前に欲望を刻んだ彼女の恥らいなきエネルギー。チクタク動く時計すらも止めてしまうようなその壊れた衝動が彼女の歌の一番の魅力だが、この歌だけは、ひたすらにかわいい。「Your love, your love, your love is my drug」とはこれまた彼女らしい、実に乱暴な例えだが、後に「Is my love your drug?」とねだる辺りから唐突に、拙くもいとおしい愛情表現へとその表情を変える。そしてこの拙さにこそ、彼女が自らを「アニマル」と称さねばならなかった根本的な理由のようなものをひどく感じてしまうのだ。とてもキュートな人間的魅力のある人だと思う。僕がこの歌に完璧にノックアウトされたのは、最後の一行のせい。「I like your beard」。僕には口ひげなんて生えてはいないけれど、そう言った後に照れ臭そうに笑う彼女は本当に素敵だった。“ティック・トック”のラストでも元気そうに笑っているけれど、そう、照れ臭そうに、である。これが難しい。野生に生きる本物の「アニマル」でさえ、これだけはできない。2010年、こんなにも素直でキュートなラヴ・ソングは他になかった。彼女の記念すべきデビュー・アルバム『アニマル』は、この歌から始まる。
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2010年ベスト・ソング②

Heart Swells/100-1
from the album "Romance Is Boring"
/ Los Campesinos!

Los Campesinos-Romance Is Boring
ロマンスの隠れ場所
 結成時からのメンバーが一名脱退し、新たな編成では初のアルバムとなった、ロス・キャンペシーノス!のサード・アルバムから。シングル化された楽曲ではないし、アルバムの中で最もわかりやすいハイライト的な存在感の歌でも決してない。収録時間はたったの46秒。歌われる詞は、「今ここに残っているのは僕を含めた三人だけ。僕。君の影。君の残響。これほどの孤独を覚えたのは初めてだ」、これだけである。ロス・キャンペシーノス!というバンドは、そもそもが賑やかな口先と饒舌な手先だけで音楽を作ってきたような連中だ。しかしここでは、気まぐれに訪れた空虚な凪のように、すべての音がゆったりと譜面の上を彷徨っている。ユーモアとアイロニーに関してはとびきりセンスのいいバンドである。アルバム・タイトルにしても、恐らくは彼らなりのパラドックスなのだろうと僕は理解している。ロマンスに対するやかましい中傷を見せかけることで、その本質だけを守り抜こうとしたような印象だ。全編にわたってロマンスへの幻滅を語りながらも当事者はまったく落ち込んでおらず、異様にテンションが高い。実はちゃっかり楽しんでいる。そんな中で、この一曲だけが明らかに異質だ。本当に悲しいのだ。たった46秒の寡黙な音楽、たった五行しかない言葉が、ロマンスの果てに残された幻想と勘違いを暴く。聴く機会がもしあれば、ここで止まらずに次の“アイ・ジャスト・サインド。アイ・ジャスト・サインド、ジャスト・ソー・ユー・ノウ”まで続けて聴いて欲しい。この歌で不意に膨張した悲しみが逆流したかのように、彼らは突如として騒ぎ出す。極端から極端へひっくり返るようなこのふたつのトラックの切り替わる瞬間こそが、アルバムの本当のクライマックスだ。しかしこんな深い悲しみも結局のところ、ロマンスを美味しく食すことのできる人だけに用意された珍味のひとつ、と言うこともできる。ロマンスの本質のようなものが本当に理解できるとしたら、誤解が付き物のこんな遊びに誰も振り回されたりはしないだろう。それにしても、このアルバムのジャケットって本当に素敵だ。女の子の細く白い足に、赤い血が痛々しく流れている。たまらなくなって自分で掻き毟っちゃったみたい。もしかしたら彼女は、そこにある汚れなきものを知らないうちに隠そうとしたのかも、しれない。
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2010年ベスト・ソング①

First Love
from the album "Sex Dreams And Denim Jeans"
/ Uffie

Uffie-Sex Dream
過去がセピア色だったことなんてなかった
 人並み外れたルックスと独特のセンスでもって2010年のダンス・シーンを盛り上げてくれたフレンチ・ハウスの歌姫、アフィ。シングル発表から数年のブランクを経て昨年発表されたデビュー・アルバムの中から、この曲を選んだ。ファースト・ラヴという限りなく幻想に近い囚われが歌われたこの曲。自分がこれにとんでもない魅力を感じるのは、「ファースト」というナンバリング〈=ファイル整理)がされている、すなわち、色あせる運命にある過去、が提示されているにも関わらず、時代性をもったダンス・ミュージックという音質の都合で(ひどくデジタライズされている、ということだけども)、あたかも劣化しない記憶のようにパフォーマンスされているからだ。慎重に真空パックをして、更に冷凍保存することで、永遠に生き続ける命を手にしたような、愛。しかし、永遠に生き続ける、という条件そのものが、すでに命の定義に反している、と言うこともできる。そしてだからこそ、アフィーの過剰にエフェクトのかけられたヴォーカルは、劣化はしないかもしれないが、アンドロイドのように、血の流れる湿度と温度だけが感じられない。生命を装ったメカニカルな手触り。しかしもしファースト・ラヴの記憶が劣化しないとしたら、どうだろう。どんなディテールも正確に記憶している。それは思い出そうとする必要すらないということだ。インターネットで検索をかけるように、指を鳴らせば即座に引き出すことができる(ネット世界とはそもそも人間の脳の究極の憧れだ)。過去と現在が、同じプログラムの中に共存している。劣化しない過去、それはつまるところ、現在と呼ぶことができるのではないか。君はいまでもここにいる。それなのに涙が流れそうになるのは、それでも本当は君のわがままなぬくもりが欲しいから、かもしれない。すべてを記憶していたいのなら、衰えないプログラムに収納すればいい。テクノロジーの力を借りさえすれば、それは決して不可能なことではない。それなのに、どうしてこうも失われる方を望んでしまうのだろう。そんなことを考えさせる歌だ。
15:56 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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