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すべてが始まる橋の下

早起きして日中よりはちょっとは涼しい時間に
自転車でブラブラ走ってきました。
特に行きたい場所とか用事とかはなかったんですけど、
自転車に乗りながら音楽聴くのが中学の時からずっと大好きなんです。
中学の時は友達の誘いを時々断ってまで1人で当てもなく走り続けてました。

1人で出かける時は本当に音楽を聴きながらじゃないと、
なんていうか、どんなふうに歩いたり自転車に乗ったりすれば良いのか
なんとなく困ってしまいます。
必要以上にソワソワしちゃうし、必要以上にビクビクしちゃう。
出かける時はi-Podが頼もしいです。
中学高校の時はパナソニックのポータブルMDプレイヤーが
出かける時の必需品だった。よく壊れたけど。

音楽聴いてるとちょっと気持ちが大きくなる。
今でも夜遅くに家に帰る時に友達に心配されると
「大丈夫。俺音楽聴いてたら無敵やから」って絶対言います。
そんなわけで、やたらと向こう見ずになって
車と接触しそうになったりするのです。
関係ないけど、年金の学生免除の申請をしに行った時に
MIKAでノリノリになって自転車こいでたら
何のために出かけたのかが解からなくなった時は焦りました。
若年性なんたらかと思った。

今日はモノレール沿いに走って、
小倉まで着いたらまた同じ道で帰ってきただけです。
バイト行く時に走ってる道なので風景はもう飽きるほどだけど、
でも楽しかった。
今日のお供はブリティッシュ・ロックが大好きな僕にしては
とても珍しいレッチリ。
「Give it away!Give it away!」ももちろん爽快で良かったけど、
自転車の1人旅としては“Under The Bridge”が最適でした。
「時々、俺にはパートナーなんていないんじゃないかと思うことがある」
「ダウンタウンの橋の下、俺は人生を捨てた」
ダウンタウンの橋の下は、きっとアンソニーの帰る場所なんだろうな。
俺には傷ついた時に帰る場所なんてあるのかな。
なんて思いながら聴いてました。
家に帰ってきたときにはちょっとレッチリの存在が重くなってた気がする。


あ、『コーヒー&シガレッツ』ちゃんと届きました。
アッシュとかブライト・アイズとかケミカルなんかの新作もです。
映画は明日観る予定。
今日はバイトがあるので朝と同じ道をまた通るし、
今度はアッシュの新作聴きながら走ろう。
何時になるかわからないけど、帰ってきたらブライト・アイズだ。
今日は晴れてるし暑いな。
暑い日はこいつらだ!というわけで名盤紹介はレッチリじゃありません。
カリフォルニアはオレンジ・カウンティの陽光を持ち込んでくるバンド。
ジメジメも吹っ飛ばして欲しい。

Broadcast To The World / Zebrahead
ブロードキャスト・トゥ・ザ・ワールド(期間限定価格盤)



世界に告ぐ
 00年に発表されたセカンド・アルバム『Playmate Of The Year』からのタイトル曲のヒット以来日本で圧倒的な人気を誇っているカリフォルニアはオレンジ・カウンティ出身の「Big in Japan(これには物凄い皮肉と揶揄が込められている)」ことゼブラヘッド。『Playmate Of The Year』以降も、タイトでスピード感に溢れた傑作サード『MFZB』(03年)、『MFZB』期の未発表曲にライブでは以前から定番だったスパイス・ガールズのカバー曲“Wannabe”を加えて収録した『Waste Of MFZB』(04年)を日本限定で発表して注目を集めるなど、まさに順風満帆だった状態に突如鋭く突き刺さったジャスティン脱退のニュース。ジャスティンのいないゼブラなんて、という悲痛の声が大いにあがったのは想像に難くないが、とにかく、元JANK1000のマッティを新たにボーカルに迎えて06年に発表されたのが通作4作目となる本作である。
 ジャスティン脱退もなんのその、である。これなのだ。やはりゼブラヘッドはこれなのである。あちこちから投げつけられる揶揄の石ころもバンド存続に対する懸念も何もかもを蹴散らして突き進もうとする足元を確かめようとしない無謀なまでの勢いとバカ正直なぐらいの誠実さ、つまりは相変わらずの芸風が、このアルバムにはある。下ネタ全快で良いのだ。バカバカしくて良いのだ。今もどこかでこのアルバムを片手に「ゼブラヘッドかっこいいじゃん」と呟いているキッズがいればそれで良いのだ。お堅いロック・リスナー達は彼らの陽性すぎるポップネスに対する嫌いを依然抱えているようだが、個人的にはゼブラヘッドというバンドの自画像を示す痛快作だと思っている。ずっと変わって欲しくない、このままでいてほしいバンド。だが、「世界に告ぐ」が結局「日本に告ぐ」にしかなっていないところはもう笑ってすませるしかない。


おまけ
Zebrahead-Anthem
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13:57 | 日記 | comments (2) | trackbacks (2) | page top↑

イギー・ポップも出てる

今日は『コーヒー&シガレッツ』という映画のDVDが届くはずです。
ものすごい楽しみ。
各界の著名人がコーヒーを飲んでタバコを吹かしながら
たわいもない話をしていく映画です。
誕生日にコーヒー・セットをもらって以来
コーヒーにはうるさくなった僕にはたまらない映画です。
コーヒー飲みながら観ないと。
なにがそんなに楽しみかというと、
なんとストライプスのジャックとメグが出ているからなんです。
2、3人組での話が次々と展開されるんですけど、
そのうちのひとつがストライプスの2人の会話。
どんなことしゃべるんだろ。
メグはやっぱりあんまりしゃべらないのかな。
ジャックのことだからたぶんぶっ飛んだ話はしないと思うけど
でもやっぱりどっか異次元的なものを感じるんだろうな。
想像するだけで楽しいです。
早く観たい。

この1ヶ月で買った映画のDVDを並べてみてみると、
どうやら僕はカラフルな映画はあんまり好きじゃないみたいです。
コーラスラインだけは例外ですけどね。
ドラスティックな演出もいらないし、出所不明の多幸感もいらない。
シンプルで、静かに話の進む作品が好きみたい。


さて、今日はTSUTAYAでアジカンを借りてきました。
アジカンは高校の時からちょっと聴いてたんですけど、
今日借りたのは1度も聴いたことなかったアルバムです。
高校の時はファーストが好きだったな。
“アンダースタンド”っていう曲がすごい好きだった。
「それアンダースタンド」。良い歌詞だと思う。
単純で解かりやすすぎて、そっけないぐらいに聴こえる言葉だけど、
どんな深い言葉よりも有効性のある言葉だと思う。
後藤氏の歌詞、好きです。

そういうわけで今日はアジカンを紹介。
ストレイテナーとやらも借りてきたんですけど、まだ聴いてないです。
もしそっちもよかったら今度紹介します。
洋・邦交互に、と思ってたけど、もういいや。
最近は邦楽ばっか聴いてる。
邦楽は言葉の壁がなくて良い。理解しやすい。
とにかく紹介します。

ソルファ / ASIAN KUNG-FU GENERATION
20070627143701.jpg

00年代最強の泣き虫ロック
 アジカンを語る前に、ひとまず「エモ」という21世紀最も主流なこの表現をどうにかしなければいけない。「エモ」とはすなわち「エモーション」であり、「泣く」ことである。もがき苦しみ、葛藤し、結局泣くことしかできなかった連中が心の涙をロックに注入することで「叫び」へと昇華させたものである。そして、そんな負け犬の表情を浮かべるこの表現最大の武器は、その内向性の強さである。自分の心の奥底まで手を伸ばそうとすることで気付いてしまう孤独や疎外感。内へ内へと踏み込んでいけばいくほど抱え込んだその思いは野放図に肥大化し、でかくなればなるほどそれを外に向かって放り投げたくなる正体不明の衝動。抱えきれなくなった思いをその衝動にまかせたまま外の世界に投げつける。内へと向かう強い力をそのまま外へと吐き出す、「エモ」とはそんな表現である。
 アジカンが03年に発表したセカンド・アルバムである本作。このアルバムは、00年代の日本のミュージック・シーンで最もメインストリームなエモーションの爆発である。それと同時に、アジカンの作品の中でも後藤正文のリリシストとしての資質が最も明確な形で表れた作品だと思う。なんせのっけから「世界の端まで届く声より/君にだけ/伝えたいだけ」(“振動覚”)、「軋んだ想いを吐き出したいのは/存在の証明が他にないから」(“リライト”)である。この言葉が耳朶に触れるだけで、僕達はこの作品にこだまする彼の叫びを瞬時に理解することができる。その即効性はそのまま彼の思いの強さだったし、だからこそ彼の言葉は鋭く突き刺さる。前作よりも更にポップに切り開いた本作には「早くも守りに入った」との嫌いも確かにあるが、得てして独りよがりになりやすいこのリスキーな表現に圧倒的なセールスで強烈な存在感を与えたこの作品の功績は、やはり計り知れない。


ASIAN KUNG FU GENERATION-リライト
14:40 | 日記 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

11th Anniversary

20070624154931.jpg
昨日の学び舎11周年記念パーティーからの1枚。
生徒さんは1人しか写ってないですけど、昨日のベスト・ショット。
ちょっと白くぼやけてるけど、そのぼやけてるところが
写ってるのは昨日のことなのになんだか懐かしく感じさせます。

準備の段階ではうまくいくかかなり不安だったけど、
生徒さんや来賓の方達、OB・OGにも童心にかえって楽しんでもらえた
良いパーティーだったと思う。
あ、BGMはジュディマリと、
完全に趣味で選んだポップ・ソング集を持っていきました。
司会も去年のクリスマス会と同じコンビでやったのでもう手馴れたものです。
楽しみながら司会できました。
良いな、学び舎。みんな素敵だ。
ただもうちょっと1年生入って欲しいな。


日記書き終えたら大好きな映画を観ます。
『コーラスライン』っていう80年代のミュージカル映画です。
ダンスの舞台の仕事を得るためのオーディション、が設定。
DVD買ってから2日に1回は観てる。
バイトで疲れて帰ってきてもちゃんと観る。
もうこんだけ観たらこのダンス踊れるんじゃないかと思ったりもしますが、
やっぱり素人には踊れないです。

ラストが本当に素敵な映画なんですよね。
こんなに大好きなラスト・シーンは他にはない。
金ぴかの衣装を着た100人以上のダンサー達が
舞台の上で名曲“One”を歌い踊る。
なんでこんなに大袈裟なラストなんだろう。眩暈が起きそう。
でも、夢は大袈裟で良いんですよね。
みんなが「One」になるために、
この人達はこんなに素敵な笑顔で踊ってるんだろうな。
観る度にそう思う。
なんだか観ることでエネルギーをもらってるような感覚です。


でも観る前に名盤紹介。
今日は邦楽から。
洋・邦交互にやるのも良いな。
なるべくそのペースでやっていこうかな。
邦楽をちゃんと聴き始めて、今のところ特にお気に入りのバンドです。

ドラマチック / クラムボン
ドラマチック



ちっちゃいけれど、おっきなもの
 最新作の『Musical』(07年)が好調な、日本のミュージック・シーンで確固たる存在感を放つスリー・ピースが01年に発表したメジャー3作目であり、椎名林檎の作品を手がけて名をはせた亀田誠治(YUKIの『PRISMIC』やCharaの『UNION』にも参加している!)をプロデューサーに迎えた本作。これまでミニマムなサウンドとシンプルな構成でキャンバスに個性的な色を与えてきた彼らが、ここにきて亀田氏主導の下に解放感のある大胆なアレンジでシフト・チェンジしたことにファンの間では戸惑いもあったようだが、「このやり方で絶対に良いから、黙って俺について来い」と言わんばかりのアレンジで椎名林檎から強烈な魅力を引きずり出してみせた亀田氏は、やはりクラムボンにも信じられないほどのダイナミズムを見出すことに成功した。確かにこのアルバムはクラムボンのキャリアで明らかに浮いてしまっている作品だが、それでもバンドとプロデューサーのコミュニケーションがきちんと取れていることのわかる素晴らしいアレンジだと個人的には思っている。作品制作の根本的な仕組みからして頼もしいが、構成が複雑化し表現の選択肢が格段に広がっても、それでも原田郁子のリリックはささやかで、ありがちで、ちっぽけで、だからこそ思わぬ鋭さで笑顔を呼び起こし、涙腺を刺激する。メンバーによるリレー作詞で描かれた圧巻曲“便箋歌”は本当に大好きな1曲で、愛する人のダメダメな部分もすべて受け入れてのんびりやっていきましょう、というクラムボンらしい優しさと懐の深さを、ピアノとトランペットとストリングスでの大袈裟になりすぎないがダイナミックなアレンジで聴かせる素敵なナンバーだ。そこからラストの“ドラマチック”までの流れは最高!夢の中で夏の浜辺を駆け回った小さな子供が、疲れ果ててこれまた小さな寝息をたてながら更に深い夢の世界へと入り込んでいくかのようなロマンチックでドラマチックな構成だ。クラムボンは、ささやかな音楽で夢をみさせてくれる。小さなものを大きく見せるんじゃなくて、小さなものでも近づいて見たら大きくなるよ。亀田誠治が引き出したクラムボンのダイナミズムとは、そういうものである。このアルバムは、そういう作品である。


おまけ
クラムボン-サラウンド
16:31 | 日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

届いた

stripes.jpg
ホワイト・ストライプスの新作『Icky Thump』が昨日届きました。
今日は早起きして今までの作品もひっぱり出して聴いてます。

ずっと楽しみにしてたストライプスの新作。
コンポにCDを入れて再生した瞬間、
ジャックの歪んだギター・リフが流れ始めた瞬間、
メグの暴力的に狂ったドラム・サウンドが耳朶を殴りつけた瞬間、
それに即座に反応するように部屋中の空気が膠着する。
ストライプスの作品を聴く時はいつもそう。
「音楽なんて楽しければそれで良い」とか
「いろんな人がいて、いろんな感じ方があるからおもしろい」とか、
そんな見当違いなゆるさや場違いな優しさなんて完全に放逐されちゃう。
前回の記事と反対のことをやるつもりはないですけど、
この2つは僕の大嫌いな言葉です。
この言葉を口にした時点で、
その作品を解釈することを放棄したも同然だと思う。
ストライプスの作品を前にしてこの言葉を口にする人がいたら、
その人は本当に救いようのないバカなんだと思う。

話が逸れないようにしないと。
今回の作品、レコーディングにこれまでで最長の3週間もかけたそうです。
もちろん普通ならそれでも奇跡的なスピードなんですけど、
これまでが1、2週間だっただけに随分長くかけた気がします。
しかも、これまでロウ・ファイを貫いてきましたが
今回はこれまた初めての近代的なスタジオ。
サウンド面でも「ギター/ドラムス/その他リード楽器」という
これまでのルールを飛び越えてバグパイプやトランペットを使って
自由度を格段に引き上げています。
重要なターニング・ポイントになりそう。

でも、ストライプスがやろうとしてることは
やっぱり最終的には「ロックの解体」なんだと思う。
これまでがブルースの有効性を見つめなおしてそれでも懐古的にならずに
ブルース的見地からロックを解体することだったのに対して、
今回は「今」のロックの制約内に自ら入り込んで、
そこから「今」のロックを破壊することなんだと思う。
それは、過去のロックが持っていた、今のロックが失ったスリルを
切実に懐かしむことではなくて、
「今」を破壊しなければ何も新しいことは始まらないということ。
「今」をぶっ潰すことでしか始まらない何かがあるということ。
「今」を失ったことを自覚することで始められるものがあるということ。
ストライプスの視線は過去のブルースではなくて、
これまでも、今でも、常に未来の方向を見据えている。
表面的なスタイルが変わっても、ストライプスの主張は変わらないし、
やっぱりその主張は強い。
多分売れるんだろうなぁ。この作品。
人間のやり残していること、これまで音楽が置き去りにしていたことを
唯一やり続けるバンドでありながら商業性もトップ・クラス。
凄い。このバンドがいる世代に生まれて本当に良かった。


でも、ジャック自身が言ってるようにストライプスは疲れる。
だからちょっとリラックスしようとさっき借りてきたBENNIE Kを聴いてます。
いやぁ、なかなか良いですよ『THE WORLD』。
世界中を旅するコンセプト・アルバムなのかな、これは。
世界各地の音楽性がちりばめられています。
でもその地域特有の音楽性を全然後に引きずってない。
1曲1曲の思い切りの良さというか、瞬発性の高さというか、
とにかく切り替えの気持ち良いアルバムです。
ラストの“ワイハ”でそれまでのすべてを笑い飛ばしちゃうところも良い。
ストライプスの後じゃどうしても軽く響いちゃうけど、
それでも結構好きなアルバムでした。


長くなってますが、今日は学び舎の11周年記念パーティーがあります。
OB・OGさんも来て盛大に祝います。
ちなみに僕は司会とBGM用のCD用意するのが今日のとりあえずの仕事。
どうしよう。CD全然選んでない。
ストライプスなんて持っていったら最高に空気読めてないな。
まぁノリの良いやつを何枚か持っていこう。


それでは最後に名盤紹介を。
ストライプスでもBENNIE Kでもありません。
僕のベスト・アルバム5に入っているアルバムを紹介します。
このアルバムをパーティー持って行ったら
ストライプス以上に空気読めてないんだろうな。
このアルバムでこのバンドの作品を紹介するのは3度目です。


Domestica / Cursive
Domestica



自らの心臓を素手でえぐり出す、ティム・ケイシャーの狂気
 ブライト・アイズやザ・フェイントも所属するオハマのインディ・レーベルであるサドル・クリーク。所属アーティストの名前を見ただけでマーケティングよりもポリシーを優先する姿勢が伝わってくるなんとも頼もしいレーベルなのだが、そのサドル・クリークの精神的支柱と呼ばれているのが、ブライト・アイズことコナー・オバーストが尊敬して止まないティム・ケイシャー率いるカーシヴだ。毎回強烈な印象を残す作品をつくり上げている彼らだが、そのキャリアを逆算的に紐解いていくことでこの作品の立ち位置を明確に示すことができる。それまで内に、内にと向かっていた思いを初めて外に向け、さらにホーンセクションを新たに採用し大胆にアメリカ社会を糾弾した実験作であり、現時点での最新作の『Happy Hollow』(06年)、チェリストのグレッタ・コーンを迎えてドラマチックさを更に引き上げた大傑作『The Ugly Organ』(03)、そしてサード・アルバムである00年発表の本作というわけだが、本作にはもちろんホーンセクションもチェロの旋律も、壮大なテーマもない。あるのはギターとベースとドラムスとティム・ケイシャーの悲痛な叫びと、狂気だけである。全ての装飾を切り離したこのスタイルこそがカーシヴの裸の構造なのだ。そして、その剥き出しの体から滴り落ちる美しい絶望の一滴──少年の頃『星の王子さま』が大好きだったという男の描く、2人の男女の絶望的なすれ違いの物語である。プライベートで実際に離婚経験のあるティム・ケイシャー。ここに産み落とされた物語が、どろどろとした二流の昼ドラではなく文学性に満ち溢れた美しい悲劇へと成り立っているのは、彼の得意とするストーリーテリングの手法と自らの経験からつむぎ出される生々しくも文学的な言葉の数々が見事な交配を見せたからである。「ねえあなた、月が私をレイプしたの/私の中に種を蒔いていったの/それは墓石のようなものだったわ」「この家には穴が開いているの/それは私達が埋めることのできなかった穴/粉々に砕けたディナーのお皿では塞げないの」。この作品で決定的に打ち出されたティム・ケイシャーの狂気。それが後に“Sierra”――かつて愛した女性が新しい夫との間に儲けた子供に対して異常なまでに歪んだ愛を掻き立てるあの名曲を、生み出すことになるのだ。


おまけ
Cursive-The Martyr

13:09 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

大好きな言葉

英語だったら「September」。
大好きな単語です。
歌にもよく出てくる単語。
“September”“Wake Me Up When September Ends”“SEPTEMBER RAIN”…
「9月」よりも「September」が好き。
日本語だったら全部の月に1から12まで
ちゃんと数字で順番と役割が明確にされてるから感じ方が変わってくる。
「9月」には何も終わらないけど、
「September」では何かが終わる気がする。
「夏」なんて当然のものじゃなくて、
自分の中から何かがなくなる気がする。
「May」にも「December」にもそんな感じ方はしないのに、
「September」だけはそんな気がする。
本当に「気がする」だけなのでもうこれ以上は言えません。

日本語だったら「弱い」とか「弱さ」。「弱み」はちょっと違うな。
これは、弱い人とか弱い音楽が大好きだからこの言葉も好きなんだと思う。
別に社会的な地位が「弱い」とかじゃなくて、気持ちが、です。
もっと正確に言うなら「ネガティブ」かな。これは日本語じゃないけど。
「弱い」さを救いたいとか、守ってやりたいとかとは違って、
もっと純粋な共感です。
大勢の支持とポジティブネスに支えられてる『WAVE』よりも
「弱さ」っていう1本の棒でなんとか立ってられてる『PRISMIC』が好き。
詞を頭の中でイメージしたら物凄いロマンチックなミスチルよりも
「寂しくなるとしゃべれなくなる」ブライト・アイズが好き。
そういうこと。

やっぱりだんだん話が逸れてくるけど、
最近1番聴いた中で1番「弱い」音楽はGO!GO!7188かな。
ジャケットは挑戦的だし、歌も一見刺々しいけど、
あの人たちは多分もの凄く「弱い」。
あのふてぶてしさは、そのままあの人たちの「弱さ」。
そんな感じがする。


なんか眠くなってきたのでそろそろ名盤を紹介します。
今日はUAです。
以前わざわざお勧めアルバムまで教えていただきまして、
個人的にはど真ん中のツボではないにしても物凄く面白い人です。
主演映画のDVDまで買ってしまいました。
UAを理解しよと最近いろんな作品に触れてるんですけど、
僕達とは異次元に棲んでるような人なのでうまく表現する自信全然ないし、
実際できないと思います。
昨日学び舎のUA好きな友達は
「あの人は、もうなんか、大地だよね」と言っていました。
すごいわかる。わかるけどうまく言えない。
中途半端なディスク・レヴューはかえって失礼かもしれませんが
せっかく良い作品教えていただいたので、
紹介します。

泥棒 / UA
泥棒



UAの到達点
 UAがデビュー・アルバム『11』(96年)から『turbo』(99年)までの3作でやったこととは、自分を取り巻く緑色の世界に寄り掛かりながらさえずることであり、その特等席で月の光を全身に浴びながら夜空の向こうにあるはずの宇宙を見つめることであり、それはつまりUA流のアニミズムだった。今でももちろんそのアティテュードは貫かれているし、むしろ民族楽器や古典楽器を持ち出して更に深い部分に彼女は手を伸ばそうとしている。
 美空ひばりの名カバー“りんご追分”が収録されたことで有名な前作『turbo』の発表から3年もの月日を挟んで産み落とされた通算4作目となる本作。冒頭曲“記憶喪失”の退廃的で重苦しいベースラインはなんだ。彼女の歌声にまとわりつくこの悲壮感はなんだ。彼女の体を支えていた緑色の世界は、もはや灰色に沈んでしまったのだろうか。彼女はこのアルバムの幕開けを、なぜ記憶を失うところから始めなければならなかったのか。それらすべての答えは、彼女が女優デビューを果たした映画『水の女』の主題歌であり、本作からのリード・シングル、ひいては、3年間の「沈黙」から立ち上がった彼女の第一声である“閃光”にある。「これ以上何を見ればいいの」。この一行に、本作のすべてが、本作でUAが見出した新たな地平がある。このアルバムには、彼女の後悔や叫びが泥のように深く沈殿している。その思いの強さはたった8曲という収録曲数の少なさにも関わらず、これほどまでの濃密な空間を打ち出すことに見事に成功しているところからも理解できる。そして、UAがやはり稀有なアーティストだったのは、その「負」のイマジネーションをクリエイティブな方向にまでひん曲げて、海の彼方に放り投げたからである。緑色の世界が朽ち果ててしまったわけではない。UAにとって、痛みや弱さを自然に預けるということは、つまりはそれらを自己の中に取り込むことである。いつか空が流す血の涙となってかえってくる身を打つ叫びを、一身に受け止めることである。UAのネガティブは、それでもやはり美かった。
02:25 | 日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

バタフライ・エフェクト

今日は音楽の話はひとまず置いといて、
UFOと宇宙人について書こうと思う。
なんか突然書きたくなっただけです。
深い意味は特にありませんよ。

まず、UFOも宇宙人もきっといると信じています。
ただ宇宙人はテレビとかで出てくるような形ではなくて、
もっと虫とか微生物みたいなのに近いものだと思う。
地球は宇宙人に眺められてて、
人間は宇宙人の手の平で遊ばれてるとは思いません。
だから、UFOは宇宙人の乗り物ではないと思います。
虫や微生物がUFOなんて作れるとは思えませんので。

じゃあUFOには誰が乗ってるんだという話ですが、
多分それは未来の人間だと思います。
どっかで聞いたことあるような話ですが、
受け売りとかじゃなくて本気でそう思う。
多分未来の人間は時空を歪めれらるような装置を開発できてて、
過去に行くことができるんだと思う。
でも未来には未来のルールがあって、
過去に行くだけでそこの物事に関わっちゃいけないんだと思う。
何も持ち込んじゃいけないし、何も拾ってきちゃいけない。
何かひとつが変わるだけで、
その過去以降のすべてが変わっちゃうかもしれないから。
なんか似たような映画観たことあるな。
でもやっぱりこれも受け売りじゃなくて本気でそう思う。

ちなみに、小さなひとつの変化が大きな変化につながりうるということは、
蝶が羽ばたくだけで海の向こうで竜巻が起こるという例のもとに
「バタフライ・エフェクト」と呼ばれるそうです。
昨日友達から聞きました。
ああ、だからあの映画はそんなタイトルだったのか
と思った人がいるかもしれません。
「バタフライ・エフェクト」。かなり面白い映画なんですけど、
ラストで流れるのはオアシスの“Stop Crying Your Heart Out”です。
歌詞の意味を知ってるほうが絶対に最後の感動が大きいですよ。
だって、「立ち上がれ/おいでよ/何をびびってるんだ
/終わってしまった過去を変えることはできない」ですよ。
あの映画にここまではまりすぎな歌詞も珍しい。
もの凄い感動でした。

最近本当に頻繁に映画を観てて、DVDも買いあさってるんですけど、
観るたびに思うのは、洋楽を聴いてきて良かったということ。
今まで音楽の量だけは人に負けないだけ聴いてきたと自負してるんですけど、
作品中にさりげなく流れる音楽にも知ってる曲がいっぱいあって、
実はその曲の歌詞が今まさに流れているシーンにピッタリだったり、
なにか暗示的だったりして、
知らない人だったら聞き逃しちゃう情報にも結構気付けます。
BGMだって、映画の大切な一部なんだと実感してます。

とまあUFOの話からそれまくって結局音楽の話に行き着くわけです。
ちょうど良いので名盤紹介へ。
2回ぐらい前に更新したときちょっと名前の出てきたバンドの作品です。
もうすぐ、何年振りだろ、8年ぶりぐらいかな、の新作が出ますね!
ブリグリもだけど、嬉しい再結成です。
2回続けて邦楽だったので今日は洋楽です。
さっさと書いて寝ます。
明日は朝から授業だけどその前にTSUTAYAに借りに行かないと!

K / Kula Shaker
K



クーラ・シェイカーという神話
 クーラ・シェイカーの本デビュー・アルバムが発表されたのは今から11年も時をさかのぼる96年。フィオナ・アップルがあまりにも無防備な裸体でシーンに宣戦布告し、トゥールは自ら化けの皮を剥いで最高にクレイジーな変態性をあらわにさせ、マリリン・マンソンは「アンチ・キリスト」を掲げて神を世界の特等席から奈落の底へと引きずり落とした。ロック・シーンの歴史書における96年というページを埋めるのは、そういったアメリカでのセンセーションであり、そんな中このアルバムは96年のイギリス唯一の輝かしい「功績」であり、当時のイギリス唯一の「希望」だった。
 ブリット・ポップ戦争最後の大花火であるオアシスの『(What’s The Story) Morning Glory』が発表され、オアシスVSブラーのシングル対決をメディアが必要以上にあおり倒し、加熱しすぎたシーンはまさに玉石混交のありさま。ブリット・ポップが早くも飽和状態へと向かい始めたのがそんな95年だった。後に引けなくなっていつまでも無様な汗を流し続けるブリット・ポップの肩を「お疲れさん。もうあんたらひっこんでていいよ」とすまし顔で叩き、まさに彗星のごとくシーンに登場したクーラ・シェイカー。「ブリット・ポップの波に後ろ盾をされて」との見当違いな書き方をよくされるこのバンドだが、彼らがこのアルバムでシーンに叩きつけたのは、間違いなくブリット・ポップに引導を渡すための「必殺」の一撃だった。なにせ、ブリット・ポップにしがみついていた当時の英国ロック・バンドも、アメリカの素晴らしい96年史を築き上げたアーティスト達も、誰一人こんな最高のグルーヴを持ち合わせてはいなかったのだ。“Hey Dude”は今でも90年代のロック・シーンを代表する名アンセムのひとつだし、何を言ってるのかわけのわからないマントラが繰り返される“Govinda”は、それでも間違いなく人々を魅了した。涼しい顔でシーンに足を踏み入れたクリスピアンは、当時最高にクールでグルーヴィでサイケなロックンロールを鳴らせるただひとりの男だった。そんな神話も、結局は彼の自滅劇によってズタズタに切り裂かれてしまうのだけれど。


おまけ
Kula Shaker-Hey Dude
01:56 | 独り言 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

天才か

もうしつこいぐらいですが、最近は本当に邦楽に夢中で、
素晴らしいことにここ1、2週間のうちに聴いた十数枚の邦楽作品、
佳作ばかりで自分でも驚いています。
CD選んで家に帰って作品を聴き終わるたびに「俺もしかして天才?」
とうぬぼれてしまうほどに良い作品ばかりです。

緑色の世界にもたれかかってさえずるUAも、
自分を葬り去ることで自己証明したCoccoも、
「私はジュディマリのYUKIちゃんにはなれない」
って絶望するところから始まったGO!GO!7188も、
昨日紹介したばかりのYUIも、
どれも本当に素晴らしかった。
洋楽の方も相変わらず順調で、
かつてないほどに音楽ライフは充実しています。
おすすめアーティストおしえてくれた方々、本当にありがとうございます。

雨が降っても嵐が来ても毎日TSUTAYAに行ってる僕は今日も行ってきました。
まぁ今日は全然雨も降ってませんでしたけどね。
ちなみに嵐が来たこともまだないです。
そんなことはどうでも良くて、
今日借りたのはYOSHII LOVINSONの作品。と洋楽を少々。

YOSHII LOVINSON。吉井和哉ですね。THE YELLOW MONKEYの。
実はイエモンは高校の時から聴いてて、
1作だけなんですけど大好きなアルバムがあります。
『jaguar hard pain』っていう初期作なんですけど、
僕にとってのコンセプト・アルバムの金字塔的な作品です。
もちろん史実的なタイミングで言ったら金字塔は
ビートルズの『サージェント・ペパーズ』に決まっていますが、
僕が1番好きなコンセプト・アルバムなんです。
YUKIとオアシス以外の作品で、部屋に飾られている数少ない作品です。

その『jaguar hard pain』以外の作品は
正直ストライクではなかったんですけど、
イエモンの音楽に対する姿勢は大好きです。
あと名前も好き。
イエロー・モンキー。日本人を侮蔑する時の呼び名。
「そう、俺達イエロー・モンキー。でも、俺達の方がかっこいい」。
そんな感じしません?
かっこいいです。大好きです。

そんなわけで前々からソロ作も聴きたくて、今日ついに借りてきました。
これが良い!
うだうだ書くのも億劫なので早速紹介します。

at the BLACK HOLE
/ YOSHII LOVINSON

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心に開いたブラック・ホール
 リアルタイムでイエモンを経験していない人間が偉そうに語ることをまず許してほしいのだが、僕にとってイエモンというバンドは、グラム・ロック特有のド派手な身なりで激しくロックンロールしつつも、野放図なほどにポップでご機嫌な調子であっても、その楽曲はどこか寂しさや悲しみをまとっているようなバンドだった。そんな「弱さ」で聴き手を救えるバンドだった。「死」を見つめるまなざしで「生」への活力を生み出せる。イエモンはそんなバンドだった。その矛盾や不可解な空白のようなものは、特に吉井和哉の作った楽曲に多く感じられたような気がする。
 01年に活動を停止したバンドを04年7月に正式なかたちで解散させたわけだが、その1年前の03年に吉井和哉は「YOSHII LOVINSON」名義で本作収録の“TALI”でシングル・デビューしている。そして、バンド解散の約半年前にあたる04年2月に発表されたのが彼の初ソロ・アルバムである本作だ。日本のミュージック・シーンで「伝説」と化したバンドを離れ、1人になっても歌い続けなければならなかった男の処女作だと考えるとなんだか物凄く感慨深い。文字通りの新たな第一歩なわけだが、頼もしいことに本質的なところはイエモン期と何ひとつ変わっていない。「ベイビー」なんて古くさび付いた言葉に今のご時勢どれだけの有効性・可能性があるのかは正直疑問だが、それでも「ベイビー」と囁くことこそが吉井和哉であるし、「I love Rock’n’Roll!」と腹の底から叫びながらもそのロックンロールはやはり青白い負け犬の表情を浮かべているのだ。「人間ってむなしいもんさ」と絶望しながらもそんな人間が大好きで、「永遠ってむなしいもんさ」と哀哭しながらも「永遠に君を愛している」としか言えない人間なのだ、吉井和哉という男は。その矛盾や空白を埋めることのできる唯一の存在であるリアルな「吉井和哉」が、この作品にはしっかりと息づいている。歌い手の心に触れることのできる、素晴らしい作品だと思う。
17:26 | 音楽 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

スミスも良いけど

昨日、友達に貸してたアクモンのCDを返してもらう時に、
最履で同じ授業受けてる3年生の先輩に
「アクモン聴くならレイザーライトも知ってる?」
と話しかけられて、
僕はアクモンよりむしろレザライ派なのでなんだか嬉しくなってきて
「どのアルバムが好きですか?どの曲が好きですか?」
とロック・ファンお決まりの第一声から始まって
しばらくUKロックについて語り合っていました。

さて、最近は作品数の多いUAとクラムボンを中心に
邦楽界に順調に進出しているんですけど、
もちろん洋楽もしっかり聴いています。
お気に入りアーティストや新作はもちろんですが、
今日はクーラ・シェイカーとかスウェードなんかの
ちょっと懐かしいバンドの作品を聴いています。

クーラ・シェイカーの神学論も面白くて大好きだけど、
スウェードはもっと面白いなぁ。
なんでわざわざ近親相姦なんて歌わなきゃならなかったのかな。
「君の壊れた家で、彼は君の骨までむしゃぶりつく」だって。
アメリカ人じゃ絶対鳴らせない英国的美意識のサウンドに
モリッシー憑依のブレッドのボーカルも良いし、
完全にタブーな歌詞も大好き。
昔イン・ロックで巻頭記事にスウェードがあったけど、
イン・ロックみたいなただのエンターテインメント雑誌なんかが
絶対に取り上げちゃ駄目なバンドだと思う。
あぁ、なんかスミスが聴きたくなってきた。

スミスが聴きたくなったけど、今部屋にかかってるのは
『The Queen Is Dead』なんかじゃなくて、
YUIの『CAN'T BUY MY LOVE』です。
YUI聴いてるって言ったら高校時代の友達には
「頭おかしくなったん?」とでも言われそうですが、結構良いです。
またひとつ邦楽に詳しくなったと思ったら嬉しい。
そんなわけで、今日はYUIの作品の紹介。
最近は洋楽のディスク・レビューが続いていたのでちょっと気分変えます。

CAN'T BUY MY LOVE / YUI
CAN'T BUY MY LOVE (通常盤)



YUIが支持される理由
 本作収録の“Good-bye days”が使用され、YUI自身が主演した06年公開の映画『タイヨウのうた』。『セカチュー』直系型の手頃な三流恋愛ムービーに興味はないし、YUIがどんな演技をするかだなんてそれに輪をかけてどうでもよくて、要は僕があの映画を観ることはないと僕のすべてを懸けて誓えるのだが、そんなことを言いながらも、“Good-bye days”の「かっこよくない優しさ」に髪をなでられることに喜びの一滴を流すかのような不純物ゼロの清さは、実は結構好きだったりする。
 YUIのシンガーソングライターとしてのキャリアは、自宅の布団の上であぐらをかきながらギターを握り締めたところから始まる。そのスタイルをそのままストリートに持ち込んで、後に彼女は現在の圧倒的な支持を獲得することになる。YUIより可愛い女の子は、うちのクラスにだっていると思う。YUIより歌がうまい友達も、ギターがうまい友達も、メイクやファッションのセンスがある友達も、うちのクラスという小さすぎる世界にだって絶対いると思う。決して「一番」ではないそんな素朴な女の子があぐら姿でギターをかき鳴らして歌った言葉に福岡天神という都会で過ごす人々がわざわざ足を止めてまでして聴きほれたのは、時間の流れや複雑すぎる自分の気持ちに疲れきっている都会の人々とってYUIの楽曲の清さは白濁してしまった心を漂白するのに最適な特効薬だったからだと思う。自分を迷わせる複雑な気持ちを複雑なまま伝えるのではなくて、3分半に単純化して、ポップにして、だからこそダイレクトに、強く心に響く。YUIの清さはそこにある。こぎれいで理想的な恋愛感を歌い続けるだけでは一生追いつけない彼女の清さは、右へ左へ忙しく動き回る心のあちこちにスポットライトを当ててひとつひとつの輪郭を明確に照らし出し、そのひとつひとつを大切に両手で包み込むところにある。それを、「私の大切にしているものは売ることなんてできない」とこのアルバムで宣言したと思ったらなんだか物凄く感慨深いのだが、実際、YUIファンの中でもこんなふうに仰々しく聴いている人は少ないんだろうな。


おまけ
YUI-I remember you
14:14 | 音楽 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

07年上半期ベスト・アルバム30

バイト帰りで疲れてるし、明日の昼間にやろうと思ったけど、
もうやりたくて仕方ないのでやります。
「07年上半期ベスト・アルバム30」です。
今年が始まって約半年、さっそく上半期を振り返ろうと思います。
今月はまだホワイト・ストライプスの新作が出るし、
配達の関係でポールの新作もまだ聴けてないし、
こんな中途半端な時に振り返っても良いの?という気持ちもありますが、
やりたいのでやります。

とりあえず6月に発表の作品は選考には加えないで、
07年1月から5月までに発表された作品で、
僕の聴いた数十枚の中から上位30枚を決めます。
本国では去年の発売だけど、日本での発表は今年という作品は加えます。
選考基準は、個人的な趣味と個人的な思い入れ。それだけです。
見る人によっては納得のいかないランキングになるかもしれませんが、
このランキングで僕の趣味がよくわかると思います。
邦楽は選考には入れません。
07年が終わる頃には邦楽でも年間ベストが決められるように、
これからいっぱい聴くので勘弁してください。
じゃあもう一気に30位から11位まで並べちゃいます。
10位以降はちょっとコメント付けます。
それでは、これが僕の上半期ベストです!


第30位 Mirrored / Battles
第29位 Year Zero / Nine Inch Nails
第28位 Beyond / Dinosaur Jr.
第27位 Infinity On High / Fall Out Boy
第26位 It Won't Be Soon Before Long / Maroon 5
第25位 Neon Bible / The Arcade Fire
第24位 The Best Damn Thing / Avril Lavigne
第23位 The Same Old Blood Rush With A New Touch / Cute Is What We Aim For
第22位 Trompe L'oeil / Malajube
第21位 Idealism / Digitalism
第20位 A Fever You Can't Sweat Out / Panic! At The Disco
第19位 Wait For Me / The Pigeon Detectives
第18位 Some Loud Thunder / Clap Your Hands Say Yeah
第17位 Ten New Messages / The Rakes
第16位 Costello Music / The Fratellis
第15位 Favourite Worst Nightmare / Arctic Monkeys
第14位 The Boy With No Name / Travis
第13位 Volta / Björk
第12位 Because Of The Times / Kings Of Leon
第11位 Minutes To Midnight / Linkin Park

こんな感じかな?
「あれ?シンズとマキシモ・パークとLCDは?」とか
「アクモンがそんな順位で良いの?」とか
「ナイン・インチ・ネイルズは絶対にトップ10入りだろ!」とか
「なんかレイクスがやけに上位にいないか?」とか
思うところはたくさんあるかも知れませんが、
これが僕の07年上半期の30位から11位です。
順位の差はありますが、それでも全部良い作品です。
名盤紹介で全部紹介しても良いぐらいです。
まず30位以内に入ってる時点で良い作品と思ってもらって良いです。
聴いてみたいな~と思っていた作品がもしあったら、
是非とも聴いてみてください。
順位に納得いかなかったり、頷いてみたり、
いろいろ思ってもらえると嬉しいです。
それじゃあ次は10位から2位まで発表します。
1位は「続き」で見てください。
ここからは本当に名作揃い。


第10位
Myth Takes / !!!
Myth Takes



踊りだしそうだ
 ダンスがロックを体内に取り込んだ瞬間を記録したデジタリズムも、「パラッパラ~」とつい口ずさみたくなるフラテリスも、狂騒の舞踏会に招待してくれたパニック!も、みんなそれぞれのグルーヴでダンス会場を脳内に持ち込んでくれたが、このプリミティブなグルーヴにはやっぱりかなわない。ロックもファンクもサンバも全部土鍋にぶち込んでごった煮にした野蛮だけど強烈なグルーヴ。冒頭曲の「シャッ、シャッ、シャッシャッシャッ、ドゥビ」は最高!
PV“Must Be The Moon”


第9位
Yours Truly, Angry Mob / Kaiser Chiefs
Yours Truly, Angry Mob



日常に笑いを生み出すポップ芸人
 ニューヨーク・ポスト誌が「07年最優秀作曲者」にこのバンドを挙げたのは、決してそのポップさに安易に飛びついたわけではなくて、レーベルとグルになって仕組んだハイプなんかでも当然あり得なくて、要はそういうことなのである。歌謡ポップネスを総動員して日常を笑い飛ばしてみせた本作の評価としてはあまりにも当然すぎる。まさに怒れる群集の大行進のような“The Angry Mob”のラストのコーラスは、2年前の「ナナナナ~」を完全に飲み込んでしまいそうなほどのハイライトです。
PV“Ruby”


第8位
The Bird And The Bee / The Bird And The Bee
The Bird and the Bee



血を流すソングバードと完璧主義の働き蜂
 レッチリにベックにフレーミング・リップスにリリー・アレン……とんでもない高学歴プロデューサーであるピアニスト、グレッグ・カースティンと、実際にバンドマンの父を持つサラブレッドのイナラ・ジョージの2人によるプロジェクト。ブルーノートというだけで音質には信頼が置けるが、グレッグの仕事ぶりとセンスの良さはその遥か上をいっている。清涼感に溢れていてムード・ミュージックとしても聴けて紅茶が進む、なんて油断していたらイナラのリリックの毒性に殺されてしまいそう。
PV“Again & Again”


第7位
Traffic And Weather / Fountains Of Wayne
Traffic and Weather



おっさん達のイノセント
 本作で通算4枚目になるわけだが、このおっさん達の光り輝くポップ・アルバムはいつでも新人みたいな初々しさと無垢さで埋め尽くされている。このアルバムでもそれは当然のように不変で、それはセカンド・アルバムや“Stacy’s Mom”の「焼き増し」ポップなんかでは絶対にない。4年間の長い不在を見事に埋めるのは、そのまったくグラつかないポップ・センス。NYの有名ニュースキャスター・コンビを「僕達まるで交通情報と天気予報みたいだね」と歌う表題曲は個人的にかなりツボです。
PV“Someone To Love”


第6位
The Good, The Bad & The Queen / The Good, The Bad & The Queen
ザ・グッド,ザ・バッド・アンド・ザ・クイーン



やっぱ大御所はすごい
 そりゃあオリジナル・メンバーで完全復活したダイナソー・Jrだって凄いけど、僕にとっての学生時代のサウンドトラックはグランジなんかじゃなくてブリット・ポップなわけで(それでもグランジに負けないぐらい時代錯誤だけど)、要はデーモン・アルバーンなわけで。そりゃあヴァーヴだって大好きなわけで。そういうことで、デーモンを中心に集められたこの超破格バンドにロンドンに対する愛憎をぶちまけられたら、僕はもう興奮せずにはいられないのです。
PV“Kingdom Of Doom”


第5位
Good Morning Revival / Good Charlotte
Good Morning Revival



帰ってきた
 個人的には、前作に失望させられて彼らは「もう勝手にやっちゃって」的な存在だった。プロデューサーもスタジオも、本作で完全に古巣に帰りついたグッド・シャーロット。タイトルにも原点回帰を匂わしているが、彼らが手にしているのはあくまで片道切符。隘路にぶち当たった挙句の後戻りではないことを強く主張したい。ここでいう原点回帰とは、すなわちポップネスの奪還であり、それはマデン兄弟がDJとしてのキャリアを経て手に入れたダンス・ミュージックの要素によって更に引力の増したグッド・ミュージックがたどり着いた当然の結果なのだ。土俵を意欲的に広げ、自由に戦えるようになって僕達のもとに帰ってきたこのバンド。諸手を挙げて歓迎しようと思う。
PV“Keep Your Hands Off My Girl”


第4位
A Weekend In The City / Bloc Party
A Weekend in the City



ケリーは、「ブロック・パーティー」をついに握り締めた
 9.11が政治や国交に与えた影響はもうここでは語りつくせないが、あの大惨事が音楽に与えたものとはつまり、00年代を生きることの切実さであり、世界中に投げかけられる怒りと理不尽の表現の選択肢であった。レイクスの「彼の髪型はパーフェクトだけど世界はめちゃくちゃ」の衝撃も凄かったが、前作でアブストラクトなステートメントしか発信できなかったケリー・オケレケがここにきて「ブロック・パーティーが言うべきこと」をしっかりと握り締めたことは大きかった。本作が訴えることとは、僕達が生きる「今」にひとまずイラつくことである。イラつくために、「今」と向き合うことである。目を背けてはいけない。ブロック・パーティーの前で「無関心」は許されない。そういうことである。
PV“The Prayer”


第3位
Myths Of The Near Future / Klaxons
近未来の神話(期間限定)



「今」を、踊れ
 オープニング曲“Two Recievers”は嵐の前の静けさ、大津波の前の引き潮である。2曲目の“Atlantis To Interzone”に流れ込んだ瞬間、ニュー・レイヴの始まりのサイレンが耳を切り裂き、凄まじい奔流がすべてを未来へと押し流す。重力に逆らえ。力の限り飛び跳ねろ。蛍光ファッションに身を包め。後先考えるな。後ろを振り返るな。一瞬を生きろ。ニュー・レイヴの凄まじいパワーのすべてが、このアルバムにはある。一過性の現象でいい。だからこそ、この瞬間に爆発しろ。ニュー・レイヴの魅力とは、その刹那性である。自分が爆発できる一瞬にすべてを引き寄せる集中力と、そこに生まれる世界をひっくり返すようなでっかいパワーである。07年を彩るバカでかい花火。言いだしっぺの責任としては、十分すぎると思う。
PV“Atlantis To Interzone”


第2位
Life In Cartoon Motion / MIKA
Life in Cartoon Motion



変態にして天才、現る
 足し算や引き算で四苦八苦している小学生の目の前に突然火星人が降り立って、これまた突然に円周率を完璧に暗唱し始めた。MIKAとはそういう人である。クイーンへと続く成功の階段を1段飛ばしや2段飛ばしなんて悠長なペースではなくて、5段飛ばし、いや、もはや一足飛びで全部上りきってしまったような人なのである。冗談みたいというか漫画の登場人物みたいというか、とにかくリアルさに欠けていて、一言で言い表すならまさにとんでもない「変態」なのである。そんな変態性が至る所にへばりついているこの作品。しかし完成度はまさに天才級。新人の作品とは思えないほど徹底的に構成しつくされた楽曲編成は、リンキンみたいな計算型じゃないだけに背筋が凍りつきそう。その点だけなら上半期ぶっちぎりの1位。
PV“Grace Kelly”

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As Sure As The Sun

小豆洗いが小豆を洗い続けるのは、
きっとそこには小豆洗いにしかわからないロマンがあるからなんだと思う。

突然の小豆洗い論ですいません。
今日、プレゼンをやってる授業でクラスの子が「Youkai & Fairy」
というテーマで発表をして、そこに出てきた小豆洗いが、
なぜ小豆を洗い続けるのかという話で授業がちょっと熱くなったんですよね。
さすがに手をあげて「ロマンがあるからだと思います」
とは言えなかったので、ここで言わせてもらいました。
絶対に間違ってると思うけど、小豆洗いがロマンを感じてたらおもしろいな。
そんな妖怪だったら出てきて欲しいです。

なんでこれまた突然「ロマン」なんて言葉が出てきたかですが、
実は昨日学び舎の2年の仲間で晩御飯を食べに行った天ぷら屋さんで、
厨房で回ってる換気扇に完全に目を奪われている男の子がいたんですよね。
その子のお父さんが言うには、その子は換気扇が大好きだそうです。
ただプロペラを回して空気を通している換気扇に夢中になるなんて、
誰も目にとめないような換気扇が大好きだなんて、
もうその子が換気扇にロマンを無意識に見出しているとしか思えません。
素敵な男の子でした。
みんなで「あの子は将来大物になるね」と感心していました。

まぁロマンの話はそこまでにしておいて、
昨日のことでも書こうかな。
昨日は学び舎の友達がバイトしているお店にみんなで遊びに行くために
2年生の仲間で門司港レトロに行ってきました。
門司港なんて片手で数えられるほどしか行ったことないので
すぐにお店見つかるか心配でしたがすぐ見つかって安心しました。
その友達がバイトしてるのは甘味系のお店で、でもうどんなんかもあって、
うどんにするかパフェにするか、かなり悩んだ末にパフェにしました。
甘党としては当然の選択だと思います。おいしかった。

友達とさよならして店を出て、
次にみんなでシャボン玉を買ってメルヘンに遊びました。
シャボン玉って大好き。あの、消えてなくなるところが良い。
消えないシャボン玉は邪道だと思う。

シャボン玉を片手に次はクルージング。
門司の港から関門海峡までの間、
大海原でシャボン玉をするのは最高に気持ちよかった。
でっかいビルの展望室にも上ってちっちゃい人を眺めたり、
駐車場に止まってる車を上から見て「携帯みたいやねぇ」とのんびりしたり
思った以上に門司を楽しめた1日でした。
そして最後に大学付近の天ぷら屋さんで換気扇少年に出会うわけです。
そういえば昨日は門司港のオルゴールのお店でも、
「見て見て~!猫バス~!」と言いながら
思いっきりトトロの人形を差し出していた女の子にも会いました。
笑顔が素敵な女の子でした。
あの子も大物になるな。多分。


それでは名盤紹介です。
今日も前回のトラヴィスに引き続いて洋楽です。
ちなみに邦楽は現在UAを吸収中です。
最初は「元祖Chara」と本当に思ってたので
全然違うくて拍子抜けしましたが、
だんだんUAのアニミズムがわかってきたような気がするぞ。
また今度紹介します。
とにかく、今日は洋楽です。
大好きな1枚。ノリノリになれます。

B.R.M.C. / Black Rebel Motorcycle Club
ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ登場



「俺達のロックンロール」を取り戻すために
 もしあなたがこのアルバムを手にすることがあったら、ジャケットにたたずむこの体温の低そうな3人組ももちろんじっくり見てもらいたいのだが、是非ともその手をひっくり返して裏側のジャケットにも目を凝らして欲しい。そこには荒廃しきった町を真っ直ぐに貫くこれまた今にも壊廃しそうな一本のレールが走っているはずだ。00年代初頭、「東のストロークス、西のブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ(以下B.R.M.C.)」と謳われたアメリカでのロックンロール再生劇の中でB.R.M.C.がやろうとしていたこととはすなわち、このレールの果てにあるはずの何かに向かってただひたすら進み続けることである。そこにあるはずの、一度失われた「俺達のロックンロール」を再び手にすることである。
 シスコから現れた黒い衝動。それがB.R.M.C.である。白と黒だけで統一されたアート・ワーク、足を引きずって歩くかのように重苦しくも力強いビート、カサビアンにも通ずるサイケデリックで不穏なギター・サウンド。まさに「漆黒」のサウンドと共に彼らが00年代を生きる僕達の世代に投げつけた「俺達のロックンロールはいったいどうしちゃったんだ?」というストレートすぎるがあまりにも鋭い問いかけに対する答えを他でもない自分達の手で見つけるために、B.R.M.C.は愛を引きずり、血をぶちまけ、もう一度「俺達のロックンロール」を手にする使命をこのアルバム一身に背負わせたのだ。02年に発表された本作で本国アメリカよりも先にイギリスでブレイクした彼らだが、今振り返ってみるとザ・リバティーンズ、ザ・ミュージックやザ・コーラルなどの優れたバンドがこぞってデビューを果たし、「02年以降」という00年代ロックンロールのひとつの起源をつくり上げたイギリスで彼らが即座に高い評価を得たのはある意味必然的だったといえるかもしれない。「ロックは死んだ」という言葉が世界中に重く圧し掛かる中もう一度その有効性をほじくりだしたストロークス。そしてB.R.M.C.の登場で僕達は自分達のロックンロールを確信した。あなたがこのアルバムを手にするとき、それはつまり、あなたが「俺達のロックンロール」を手にしたことを意味するのだ。


おまけ
Black Rebel Motorcycle Club-Whatever Happened To My Rock'n'Roll(Punk Song)
22:42 | 日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Under The Moonlight

今、結構酔っ払っています。
バイトが終わって携帯を見てみたら、
こっちでは数少ない僕と同じ関西出身の友達から連絡が来てて、
その友達がバイトしてる居酒屋のマスターがおごってくれるから来ないか
ということで、
「タダ」という言葉に弱い貧乏学生は出向いてしまったわけです。
もう閉店の時間になってたみたいだし、若干遠慮の気持ちはあったものの、
CDを買うために家では本当にろくなもの食べてないので
お言葉に甘えさせてもらいました。
マスターが結構ノリの良い人で、
お酒いっぱい飲ませてもらったので頭クラクラしてます。
マスターに「その関西弁良いねぇ!」と何度も誉められましたよ。
ブログでは関西弁はあんまり出しませんが、
もうめちゃめちゃコテコテの関西弁です。本当は。
友達が作ってくれた料理も本当においしかったし幸せでした。
バイトの疲れも吹っ飛びましたね。
今度はちゃんとお客としていかないと。

ちなみに今日は昼の授業が休みで、
代わりに学生大会がありました。
体育会や大御所サークルのESSに予算の改ざんの噂があったので、
不謹慎ながらも大荒れになることを予想してたんですけど、
案外退屈なまま進んで拍子抜けしました。
体育会が悪いことしてるのはいけないことだけど、
でもどっかで期待してた部分はありました。
なんていうか、
やっぱり政治家は腹黒くて裏金いっぱいもらってて、
出っ張った腹でガハハって笑っていて欲しいし、
金持ちの家の子供は性悪であって欲しいし、
どんなにそれが良いことじゃなくても、
それが現実で、それにイラつきたい。
政治家はやっぱり悪い奴ばっかりだと吐き捨てたいし、
ボンボンの家の子には偉そうにしてもらって、そいつを見下したい。
同じように、体育会は予算をごまかしてて、
それでも前回みたいに自分達の飲み代を
学生全体で負担させようとするぐらい図太くあってほしかった。
そんな体育会にイラつきたかった。
ただ議案を読んで意味の無い採決をするような学生大会よりは、
前回みたいに学生全体が理不尽にイラつける大会であってほしかった。
今日の学生大会は本当に時間の無駄でした。

酔っ払いの愚痴になってしまってすいません。
それでは名盤紹介します。
先月発売されたばかりの最新作です。
このバンドは今まであんまり好きじゃなくて、
一曲しか好きじゃなかったんですけど、
このアルバムは本当に素晴らしいです。見直しました。
ちなみにその前から好きだった一曲には「必殺の一行」があって、
こんな歌詞です。

どうして僕の頭の上にはいつも雨が降っているんだろう
17歳の時に嘘をついたからかな


素敵じゃないですか?
17歳っていう年齢の複雑さだとか、
曖昧さを見事に表した言葉だと思います。
でもそんな素敵な曲に負けない楽曲がてんこ盛りです。
酔っ払いのレヴューですが1人でも読んでくれる人がいるなら嬉しいです。
今思えば久しぶりの洋楽です。
レヴュー書いたら寝ます。
明日は剣道部の後輩の引退試合。
みんな頑張れ。福岡から応援してるぞ。

The Boy With No Name / Travis
The Boy with No Name



僕とあなたの、全てを輝かせるために
 とことんパワー型なオアシスに対する反動のようにして90年代後半から現れ始めた嫌味なぐらいの美旋律と繊細なメロディを武器にするバンドには僕は前々から懐疑的で、その走り的な存在であったトラヴィスには、“Why Does It Always Rain On Me?”なんかには多少胸が躍るものの、特に警戒心を強く働かせていた。ため息が出るぐらい美しくて真っ白な世界の先では全てを吸い寄せるブラックホールみたいなものが靄に紛れて大きな口を開けているんじゃないかと、これまでその世界に飛び込んでいくことを躊躇していたわけだが、良いものは良いと言える人間になるためにも、僕は彼らの最新作であるこの作品が素晴らしい大傑作であると言い切らなければならない。そして、それをあなたに伝えなければならない。
 03年に発表された『12 Memories』は、これまで内気すぎると言っても良いほど内面の独白を行ってきたトラヴィスの眼が初めて外の世界へと向けられた意欲作であったし、強いメッセージ性を打ち出すことに成功した良いアルバムだとは思うが、04年に初のシングル集である『Singles』で一旦キャリアに節目を置いてもう一度トラヴィスというバンドを彼ら自身が見つめ直し、次に自分達がしなければならないことは何か、トラヴィスはどうあるべきか、という問題と向き合うことで最終的に彼らがたどり着いたのは、大きくなりすぎたバンドを怪物に仕立て上げて超然としているレディオヘッドではなくて、バンドの成長に正比例して精神性も逞しく鍛え上げいつしか誇大妄想を抱くようになったコールドプレイでもなくて、かつて「みんなが見ているものを見たい」と歌った『The Man Who』(99年)であった。ちっぽけな町で生活を送り、人との出会いに喜び、人との別れに涙し、大好きな人のそばに寄り添って幸せを確かめ合う僕とあなたを照らすために、トラヴィスはこの13の美しい楽曲を届けてくれたのだ。だからこそ、僕もあなたも、いつまでもトラヴィスの作品を聴き続けることができるし、愛し続けることができるし、涙を流すことができる。僕とあなたの、全てを輝かせるために。トラヴィスは、僕達のそばにぴったりと寄り添っていてくれるのだ。トラヴィスらしい日常を照らし出す名曲揃いのアルバム。傑作です。


おまけ
Travis-Closer
02:19 | 日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

月に負け犬

今日の朝は激痛と共に目覚めました。
ふくらはぎを攣った痛みが夢を切り裂いて……
気付けば「ちくしょう」と呟きながら痛みに耐えていました。
ふくらはぎ、結構よく攣ります。
どうにかならないものでしょうか。
物凄く痛いです。
足の指を攣ってもあんまり痛くないですけど、
ふくらはぎを攣った時は「銃で撃たれた時の痛みってこんなんかなぁ」
といつも考えてしまうぐらい痛いです。
痛いのは嫌いです。
一昨日の夜に夜警があってまったく寝られなかったし、
昨日はバイトもあって疲れていたのでゆっくり寝たかったんですけど
安眠を妨げられたのでまだ眠いです。
今日は学び舎があるけど授業はないし、学び舎までちょっと寝ようかな。
ちなみに今日は習字をやります。
去年みたいにTシャツのデザイン大会もやろうかな。
センスなさすぎて去年はケチョンケチョンにされましたが。

ところで、前回書いたように
最近は邦楽を中心に音楽ライフを楽しんでいます。
こんなこと、昔じゃ考えられなかったです。
中学生ぐらいの時にありがちな
洋楽ファンの特権体質そのものみたいな人間だったので、
なんだか自分でも別人みたいです。
それだけいろんな音楽にオープンマインドになれてきたってことかな。
それともただ知らなかっただけで邦楽は素晴らしかったのかな。
両方素敵だからどっちでも良いです。
ちなみに今部屋に流れているのは椎名林檎の『無罪モラトリアム』。
椎名林檎に見事に打ちのめされてしまいました。
まだ初期2作しか聴いてないですけど、
僕の音楽の「理想論」をそのままやっちゃった人に思えます。
そういう人の作品を聴くと、いつもライブを想像してしまう。
椎名林檎のライブ。
ステージの真ん中で会場中の視線を一身に浴びて一番目立っているのに、
会場中で一番高いところにいるはずなのに、
それなのに自分の居場所を求めるようなスリル。
この人ならそんな素敵なライブができるような気がしてきます。
次はUAを聴くぞ。
勝手に「元祖Chara」って思ってるんですけど、間違ってたらすいません。
とにかく楽しみ。

今日紹介するのは当然のように椎名林檎の作品です。
処女作っていう意味もある『無罪モラトリアム』の方が
アルバムとしては絶対に重要だし優れているとは思うんですけど、
“ギブス”の1曲だけでこっちに傾いてしまいます。
椎名林檎はさすがに聴いてる友達がたくさんいました。


勝訴ストリップ / 椎名林檎
勝訴ストリップ



負け犬から女王へ
 椎名林檎は、安物の三流ラブ・ストーリーの商品化が飽きもせずいつまでも続けられる日本のミュージック・シーンの「申し子」だった。世間がどこか浮ついていた世紀末に突如産み落とされた『無罪モラトリアム』(99年)。臆面無く徹底的に「私」を打ち出し、自らシーンの「恥部」として生きることを宣言したこのデビュー作は、同じく99年にデビューを果たした宇多田ヒカルのダンス・チューンで踊ることのできない、デビュー以前から彼女と親交がありアルバム・デビューも同時期であるaikoの道端に咲く小さな花に笑顔するようなささやかなラブ・ソングに涙を流すことのできない、そんな生易しいシーンには従順になれないリスナー達のスイッチを完全に「オン」にしてしまった。それほどまでにあの作品は衝撃的だった。『無罪モラトリアム』を埋め尽くした「椎名林檎」を構成するあらゆるファクター──エゴ丸出しの自己主張、挑発的な唱法、大正デカダンス的な耽美歌謡、エロティックな匂い──それらすべてが黄金比率で結合することで「椎名林檎」という明確なキャラクターを強烈に打ち出したあのアルバムは、まるで柔らかな羽で首筋を撫られるかのような耽美な刺激をリスナーに与えた。そして、それは同時に1人の女性シンガーがシーンの「タブーの領域」に足を踏み入れてしまったことを示していた。薬にも毒にもならない退屈なシーンを覆うガラスの壁に外側から石を投げつけるかのようなその危うい表現。だが、宇多田の音楽にあくびをし、aikoの切なさに白けきっていたリスナー達が求めていたものとはまさにそれだった。日本中の壁を叩き割ったそんなデビュー作から1年後に発表されたセカンド・アルバムである本作。新宿で「私」を吐き散らした女が、本作では「あなた」からの愛を求めた。自分を「Yes」と肯定してくれる頷きを求めた。椎名林檎のすごいところは、それを美旋律にのせて美化するのではなくて爆音とノイズでわめき倒したところである。それを見事に体現したシングル曲“ギブス”は「椎名林檎」という生き様を一身に背負ったとでも言うべき名アンセム。エレクトロニカも新たに採用して深みを増したこの危うい表現は、結果的にダブルミリオンという圧倒的な数字でもって肯定された。あまりにも鮮やかな勝利宣言である。


おまけ
椎名林檎-ギブス
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ウィークエンドのまぼろし

ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブを聴きながら
rockin'on最新号を求めてチャリで小倉へ。
「Whatever happened to our Rock'n'Roll~!」と小さく口ずさみながら
心の中では「これこそ“俺達のロックンロール”を取り戻す旅だ~!」
と叫んでいました。気持ちよかった。
小倉まで出向かないとrockin'on最新号もろくに買えない
ド田舎に住んでいますが、小倉もやっぱり田舎でした。
知ってる限りの本屋を駆けずり回ったのに、
どこのお店にもビョークが表紙の6月号が未だに並んでいて、
昨日が発売日だった7月号はどこにも置いてませんでした。
結局なくなりかけていたボディ・ソープだけを買って帰宅。
「“俺達のロックンロール”を取り戻す旅」はいったいなんだったんだ!
それでも九州第二の都市か!責任者、出て来い!
帰りはチャットモンチーを聴きながらゆっくり走りました。
「夢が夢でなくなる東京~」

チャットモンチーなんて聴いてたっけ?という声がしそうですね。
実は昨日TSUTAYAで借りてきました。
最近日本の音楽も聴きたい衝動に駆られていて、
ある人とのメールでふと出てきた
「チャットモンチー」というバンド名にひと目惚れしたので
さっそく借りてきました。
あんまり良いニュアンスでその名前を知ったわけではなかったんですけど、
名前が良いバンドは絶対に良い音出します。
これはジャケットの場合も同じ。
センス良いジャケットは音も絶対に良い。
それで昨日から聴き始めたわけなんですが、すごく良いです。
チャットモンチー大好き。
ファースト・アルバムの『耳鳴り』、素晴らしいです。
バカ正直なアルバムだなぁ、これは。でも気持ち良い。
もう決めた。今日はこのアルバム紹介します。
でもまだもうちょっといろいろと書きます。

そんなこんなでチャットモンチーがすごく良かったので
今日も日本のバンドの作品借りてきました。
今日借りたのはクラムボンの『ドラマチック』という作品。
本当はUAが聴きたかったんですけど、
作品数が多くてどれから聴いたら良いかわからない、
という思いっきりの邦楽初心者ぶりで結局決められなかったので、
「ジャケ買い」ならぬ「ジャケ借り」でクラムボンにしました。
これがまた良かった。
漆黒の壁に囲まれて、光が欲しいから
壁に真っ白のペンキをぶちまけるような大胆なアレンジ。
ダイナミズム爆発の演奏にのせられるささやかな生活描写。
「すべては始まったばかり
まぁ、無駄なことなんてきっとないのでしょう
こんな調子でなんとかやっていきましょう
それより早く子猫を飼いましょうよ」だって。
素敵だ。クラムボン、素敵だ。

なんか、すごく嬉しい。
なんだ、日本にも良いバンドいっぱいいるじゃないか。
もっと聴きたい。
今特に聴きたいのはUAと椎名林檎の作品。
YUKI、Chara、ブリグリ、チャットモンチー、クラムボン……。
なんでかわからないけど好きなのも聴きたいのも女性ボーカルばっかだ。
別にフェミニストじゃないけど、
日本のロック・シーンは女性がすごく印象的。
そういえばCoccoも聴きたかった。また女性だ。

日本の音楽、本当にもっと聴きたいです。
そういうわけなので、良いアーティストがいたら教えてください。
本当に恥ずかしいぐらいの初心者なので。
教えていただけたら絶対に聴きますので。
良かったら絶対ディスク・レビュー書きますので。お願いします。
それでは今日のレビューはチャットモンチーで。

耳鳴り / チャットモンチー
耳鳴り



うちのクラスにもいるかも
 00年にギター/ボーカルの橋本絵莉子を中心に結成されたチャットモンチー。02年に橋本の後輩であるベースの福岡晃子が加入、その2年後に今度は福岡のサークルの先輩にあたるドラムスの高橋久美子が加入し現在のメンバー編成にいたる。04年に地元のコンテストでグランプリを獲得した後、自主制作アルバムの発表や地元を中心としたライブ活動で地道にファンを増やしていった彼女達。05年に発表された6曲入りのミニ・アルバム『chatmnchy has come』からの“ハナノユメ”がラジオ・ヒットを記録し一気にその名を広め、2枚のシングル発表を経て06年に本作『耳鳴り』での正式なアルバム・デビューに行き着く。軽快なダンス・チューンの“シャングリラ”がアニメのエンディング曲に採用され、そのポップさゆえ彼女達の大出世曲となった今この作品を改めて聴くと、重苦しさを引きずって手触りのザラザラになったギター・ロックに聴こえてしまうが、大切なのはどっちが良いのかなんてくだらない議論ではなくて、そんな人は「俺は“シャングリラ”が好きだ!」「私は『耳鳴り』の音が好き!」と一生やりあってもらえば結構なのだが、一番大切なのは余分な装飾を一切拒否したこの剥き出しのロックンロール・アルバムこそがチャットモンチーの原点だということである。
 04年に高橋が加入した時点で、本作収録ナンバーのいくつかの楽曲はすでに出来上がっていたという。当時の主な練習場所は軽音楽部の部室だったという。極々普通の学生だった(売れてもなおその「普通さ」は完全に染み付いている)3人の女の子達が学校の部室で温め続けてきた思いと手垢をこすりつけ続けてきたロックに対する直向な姿勢とがひとつのアルバムとしてここに結晶化した。このアルバムとは、そういうアルバムである。3人の女の子達がロックにしかぶちまけられなかった強い思いが、このアルバムにはある。だからこそ、3人の演奏や歌声はその小さな体と裏腹にダイナミックで確信に満ちている。デビュー・アルバムはこうであるべき!と胸を張って宣言できる1枚。6月20日に両面シングルの新曲『とび魚のバタフライ/世界が終わる前に』が発表されますが、その後に来るべきセカンド・アルバムにも期待です。


おまけ
チャットモンチー-恋の煙
19:44 | 音楽 | comments (5) | trackbacks (0) | page top↑

It's Up To You

特に書きたいことはないんですけど、最近ご無沙汰だったので更新。
今日はバイトのお給料日でした。
財布がいつもよりちょっと頼もしいぞ。
明日は雑誌買ってTSUTAYA行って……やりたいこといっぱいあるなぁ。

ここ数日、自主休講を駆使して時間を作っては
音楽や映画を楽しんでいました。

映画は、どんな種類の作品でもワクワクする。
ラブストーリーでもサスペンスでもちょっとホラー色の強いものも。
ミュージカルものだったらなおさらです。
本を読むのはは目で見たものを頭の中で解体する作業。
音楽を聴く時は耳で同じことをやる。
もちろん+αの情報もある。
映画はそれらを同時にやっちゃうんだから情報量がハンパじゃない。
それだけでワクワクしてくる。
一回観ただけじゃ気付かないようなさりげない細工なんかを
見つけちゃった時はもう顔がにやけてきちゃう。
映画は楽しい。
そういう訳で映画のDVD2本買いました。
じっくり観たら紹介しようと思います。

音楽は、相変わらずな感じです。
やっぱりYUKIが多いかな。
“ビスケット”出たばっかですしね。
で、原点に立ち返ろうと『PRISMIC』を何回も何回も聴きなおしました。
『PRISMIC』、やっぱり素晴らしいアルバムです。
YUKIのソロ・キャリアのスタートなのに、幕開けのアルバムなのに、
YUKIが最後に歌う言葉は「もう歌えないわ」なんです。
「もう歌えないわ」って言いながらも、
歌うことしかできなかったんだと思う。
そして、そこにはもの凄い説得力があった。
「もう歌えないわ」こそYUKI!と言える説得力があった。
居場所を失って、自分を誰かに理解してもらおうと思って、
でも結局誰もわかってくれないことに対する苛立ちがそこにはあった。
『PRISMIC』はそういうアルバムだと思う。
YUKIはそういう人であってほしいと思う。
「共感」でみんなを振り向かせるんじゃなくて、
本当の自分が実際に伝わるかどうかは問題じゃなくて、
ただリスキーな表現で自分を伝えようとして欲しい。その姿勢が欲しい。
『PRISMIC』はYUKIのキャリアでそれを唯一やってのけたアルバムだ。
もう歌えないわ。でも私は歌わなければならない。
そう宣言することで始まったのがYUKIのソロ・キャリアだと信じている。


ちょっと重いな。
それにYUKI語り始めると終わりが見えてこなさそうなのでこのへんで。
中途半端でごめんなさい。
今日はトラヴィスかビョークの新作か
それとも思い切ってゼブラヘッドでも紹介するか~?
と思ってたけど、
今突然あるバンドのニュースがメールで届いたのでそのバンドの作品で。

Los Angeles / the brilliant green
20070601014610.jpg

21世紀最初のマスター・ピース
 “angel song”が聖なる夜に鐘を鳴らすクリスマス・ソングなら、“サヨナラ”は夏の終わりを告げる清涼感に溢れた切ないバラードで、“ヒドイ雨”はさしずめ梅雨時に部屋の中で静かに育てる愛情か?季節感ないなぁ。そんなくだらない感想文はどうでもいいのだが、ブリグリことthe brilliant greenが21世紀幕開けのまさにその日である01年1月1日という世間が音楽どころではないなんとも迷惑な時期に発表したサード・アルバムである。ファーストの内省から立ち戻るようにしてポップネスを獲得したセカンドから1年半、サード・アルバムともなればさすがにブリグリというバンドの核心も掴めてくるものである。と思ったら、これがまた結構実験的な意欲作だったりする。頭を蹴り飛ばすかのごとく豪快な冒頭曲“THE LUCKY STAR☆☆☆”が特に印象的なように、鍛え上げられたギター・サウンドの筋肉の分厚さをありありと感じさせるダイナミズムに溢れたギター・ロックへと変化している。ファーストの内向きのマイナー音なんてどこ吹く風だが、少々ラウドで外を向いたブリグリも、悪くない。“ヒドイ雨”でリフレインされる波打つようなアウトロや初のインスト曲“Los Angeles”の導入などの随所で確認できる遊び心や、これまで彼らの大きな特徴であった英語詞の大幅な後退など、バンド全体が変わろうとする変化衝動と上昇志向でギラギラした作品だ。だが、川瀬嬢の声の立ち方はそんな変化に惑わされることなくやっぱり毅然としているのだ。そして、やっぱり彼女が歌い上げるのは冒頭で挙げたような(適切な挙げ方ではなかったが)多彩な季節感であり、「私とあなた」式で語られる愛であり、眩しい光なのだ。戦いの場を自ら次の段階へと引き上げながらも全くグラつかないステートメントは本当に頼もしい。進化し続けるバンド、勝ち続けるバンドであることをこの作品で教えてくれたぶん、通算4作目となる事実上のラスト・アルバム『THE WINTER ALBUM』(02年)発表後の「解散」というキャリアに対する決着の付け方は、完全に後追いファンの僕にとってもひどく残念であったりする。なんて悲観的になってたら、なんとデビュー10周年を記念して今年中に活動再開のニュース!発売日など細かいことはわかっていませんが、ブリグリは今回もまた勝ってくれるはずです。


おまけ
the brilliant green-Hello Another Way それぞれの場所

02:11 | 日記 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
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