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Still Standing

今日のバイトは結構ヒマでした。
テレビ観てた時間が長かったと思います。
バイト先のマスターとママさんは、
福岡ということもあって熱狂的なホークス・ファンで
お店のテレビでよく野球中継を観てるんですよね。
今日はお客さんがあんまりいないことを良いことに、
マスターはヒットが出るたびに「チャチャチャ!チャチャチャ!」と
騒いでいました。
とても微笑ましかったです。
夢中になれることを持ってる大人は素敵です。
体温の低そうな、覇気のない大人にはなりたくない。
いつまでも純情に照らされているっていうのは素晴らしいなと
ホークスが勝って大喜びをしている2人を見てそう思いました。

バイトから帰ってきてパソコンをひらいたら、
1人ずつ英語でプレゼンをやらなきゃいけない授業の先生から
メールが届いていました。
まあ、前に送った僕のプレゼンのテーマを受け付けた、
というだけの意味のメールですが。
ちなみに大きなテーマは「英語圏文化と日本文化の比較」で、
何を比較対象にするかは個人の自由です。
僕はいろいろと悩んだ挙句、「大衆音楽の地域性」に決めました。
できるだけ自分の意欲が湧くテーマを考えたら、
結局、音楽関係になってしまいました。
でも、大好きなものだけに中途半端なものにしたくないので、
なんだか余計手間がかかりそうな気がしないでもないです。
一生懸命やるつもりです。
英語で、というのがネックですが。

そうそう、今日は健康診断を受けてきましたよ。
高校に入った時期ぐらいから身長の伸びがほとんど止まっていたんですけど
去年より1cm弱伸びて177.5cmになってました。
夢の180台にちょっと近づきました。やった。
一緒に受けた、「出身どこ?」ってきいたら「L.A.」と答えるハーフの友達は、
すでに高すぎるぐらいなのに去年よりもっと伸びて186cmになっていました。
ちょっとぐらい分けてくれたらいいのに。
そして、もう1人のうちのクラスの男子で1番ちっちゃい友達は、
背伸びしてようやく160台に乗りました。
おめでとう。
でも来年も背伸びしないと、「1年前より低い!」ってことになりそう。
視力がちょっと落ちたのはショックでしたが、
うちの大学特有の屈辱的な検尿も無事でしたし、
まぁ健康体で一安心です。


それでは、今日の名盤です。
「大衆音楽の地域性」という点では、
このアルバムはフィンランドという国の地域性、
つまりは「ネガティヴ」を、
百万言にも勝る説得力で教えてくれる作品です。
「開放的なネガティヴ」、
それが、この作品が教えてくれるフィンランドの地域性の一面です。

Dead Letters / The Rasmus
Dead Letters



 “In The Shadows”1曲でヨーロッパを席捲したフィンランドはヘルシンキ出身の4人組が03年に発表した通算5作目にして日本でのデビュー・アルバム。「Dead Letters=届かない手紙」と題されたこのアルバムは本国フィンランドをはじめ、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、スウェーデンなどで1位を獲得、日本では1年遅れて04年に発表されたが、あっという間に我が物顔でシーンと一体化する浸透ぶりを見せていた。
 暗がりの中にたたずむ1本の木。そこから1羽の黒い鳥が翼を広げ、暗黒の天空に向って飛び立った――ラスマスの「暗さ」とはそういったある種の解放感を孕んだものである。真っ暗な狭い部屋の中でうずくまってガタガタと震えているような、閉塞感を伴ったものではない。髪にカラスの羽を挿したラウリ・ヨーネンの黒魔術的なスタイルや、エヴァネッセンスばりの呪術的な音楽はいつの時代でも誤解され、糾弾されやすいものだが、1歩間違えればそのミステリアスな魅力に溺れて身動きができなくなってしまいそうになるところをあくまでポップに、開放的であることを貫いた彼らは清かった。収録曲はどれも1度聴けば完璧に口ずさめるほどメロディアスでドラマチック。革新的なところは何ひとつ無いが、だからこそ彼らの存在感は大きかった。今作よりも仰々しく哀愁を漂わせる『Hide From The Sun』(05年)も佳作揃いの素晴らしいアルバムだ。


おまけ
The Rasmus-In The Shadows

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01:40 | 日記 | comments (3) | trackbacks (0) | page top↑

Compact

何から書こうかな。
順番どおりに書きます。

一昨日の夜、学び舎の新入り3人と2年生3人で、
大学の近くの居酒屋で飲み会をしました。
みんなお酒はあんまり強くないと言ってましたが、結構飲んでました。
もちろん僕はそれ以上に飲みましたが。

昨日初めてブラッディ・メアリーを飲みました。
詳しいことは知らないけどトマトジュースとかの入ってるやつです。
ずっと飲んでみたかったんですよね。
理由は、ブライト・アイズが好きな人にはすぐわかると思います。
おいしかった。
今度から店にあったら絶対飲もう。

歓迎会みたいな意味も含んだ飲み会だったんですけど、
酔っ払って話があっち行ったりこっち行ったりで
結局、自己紹介を最後までしてないような、したような。
でも誰が何フェチかっていう話はしっかりしたような。
僕が何フェチかは、ここでは秘密です。

結構早く飲み会始めたのに、閉店まで飲み続けました。
その後は部室に行ってwiiに初めて触れました。
学び舎の部室にwiiが入ったんですよ。
入ったばっかりの1年生が自主的に持ってきてくれました。
素晴らしい後輩です。

wii、めちゃめちゃおもしろいです。
ゲームに夢中になることって今までそんなになかったんで
最近のゲームは凄いなぁ、と素直に感心してしまいました。
体力年齢を測定したんですけど、僕は49歳でした。
失礼なゲームやなぁ、と笑い飛ばしました。
まぁ他のみんなも似たような感じやったんですけど、
1人だけ70歳と判定されて爆笑しました。
だって予想通り。

wiiで一通り満足したらいつもの流れで64でスマブラ~マリカーです。
昨日の朝までゲーム三昧でした。
夜が終わって太陽が街に陰を作り始めたら徐々にみんな帰り始めて
部室に同期の友達2人で残ってとりあえず睡眠。
2時間ほど夢の世界で遊んだら、
目を覚ましてまたwiiのコントローラーを握り締めていました。
懐かしくて2人でゴエモンやったんですけど、下手すぎました。

その後は、朝に家に帰った友達の家に行って
ちびまる子ちゃんをリアルタイムで観てから映画鑑賞です。
『ビッグ・フィッシュ』と『平成狸合戦ぽんぽこ』を観ました。
『ビッグ・フィッシュ』はどんな話だったか全然覚えていません。
なにせほとんど徹夜の状態だったので、目を開いているので必死でした。
魚の話じゃなかったのは覚えています。
老年の夫婦が服を着たまま一緒にお風呂に浸かるシーンが印象的でした。
『ぽんぽこ』は今まで何度も観てきた大好きな映画なんですけど
昨日は寝ぼけ眼ながら今までと違った観方が出来たと思います。
おもしろかったです。

あとはもうとにかく寝るために友達を連れて家に帰りました。
うちでもゲームやって結局そんなに寝なかったですけど、
もの凄く楽しい2日間でした。
楽しんだせいで今日の3限の授業は休んでしまいましたが。


長くなりましたが、今日の名盤はこちらです。
フランス出身のこのバンド、中学の時、洋楽友達の間で結構熱かったです。
「オ前ラ、嘘バカリ」と叫ぶボーナストラックには笑いましたが。

Episode 2 : Medecine Cake / Pleymo
エピソード2 メディシン・ケーキ



 プレイモというバンドは本当によくできたバンドで、ボーカルのマークの歌声はフランス語という点を除けばフレッド・ダーストの素っ頓狂さそのもの。サウンドはリンプの図太いギター・サウンドとリンキンの計算高さを掛け合わせたような、大胆ながらも緻密に構成されたヘヴィ・ロック。おまけにメンバーをそれぞれのイメージ・カラーで識別させるという遊び心も持っている。さらにマークはフランスのディズニー・スタジオで働くイラストレーターという顔も持っていて、このアルバムのアートワークを手がけたのは他でもない彼自身なのである。そんなマークが尊敬して止まないのが宮崎駿と押井守という日本映画の巨匠達。ジャパニメーションをこれでもかと言うほど愛している彼のこの作品が、映画のような濃密な空間を内包しているのはある意味必然だったのかもしれない。フランス人的感覚からアメリカのジャンク・カルチャーに辟易する心情とアメリカに従属しがちな現状を瓦解することで開かれる新たな世界を歌う“World”や“United Nowhere”、今をリセットすることで始まる理想の現実化こそが革命だ、と言わんばかりの“New Wave”、ブックレットに記された天才科学者ヴィロディム・タンク博士の陰謀の物語とのリンクを覗かせる“Tank Club”など、強烈なメッセージを独特の世界観で投げつけてくるところも彼らの凄いところだが、なによりこのアルバムには、ヘヴィ・ロックの真骨頂と自分を最短距離で結びつけたアニメ好きフランス人の不屈のエンターテインメント精神が、深く、しっかりと根を下ろしているのだ。


おまけ
Pleymo-New Wave
22:20 | サークル | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Stand Your Ground

はぁ、疲れた。バイトでした。
明日もバイト。
今、うちのバイト先は人出が足りない状態なので
予想外にたくさん仕事に駆り出されています。

疲れた、疲れた、と思いながら着替えを済ませて携帯を見たら
昨日学び舎に入った1年生からメールが。
「これからよろしくお願いします!幸大先輩!」と。
なんて可愛い後輩でしょうか。
返事遅くなってごめんよ。
個人的には「幸大先輩」より「幸大さん」の方が良いんですが、
まぁどっちでもかまいません。
ただ名字では呼んで欲しくない。
ステータスが低そうなあの名字はあんまり好きじゃない……。
ちゃんと下の名前で呼んでくれたし、
学科も同じ後輩なのでこれから可愛がってあげます。


今日は本当に疲れたので日記はこのへんで。
朦朧とする意識の中で名盤紹介です。
今日紹介するのは今年発表されたばかりのこの作品。
衝撃的な1枚でした。

Take To The Skies / Enter Shikari
Take to the Skies



 すごい。なんだこいつら。火星かどっかからやってきたんじゃないか。雑誌やインターネットでの前評判も結構なものだったけど、初めて聴いた時は本気でそう思った。テンション上がりまくりのハードコア/メタルと、ギャルサー連中が勘違いしてパラパラでも始めそうなレイヴ/トランスを、イカれた化学者みたいにひとつの試験管に流し込んで爆発させたイギリスはセント・オールバンス出身の4人組。そんな異端児ぶり満点の彼らが今年発表したデビュー作がこの『Take To The Skies』(07年)だ。
 ロックとダンスの中でも極端な領域に存在するそれぞれの音楽を混ぜ合わせるということは、一見奥歯に義歯をはめ込むような違和感を抱いてしまいそうなことだ。だがエンター・シカリは、彼らのライブで観客がつくり上げるという組体操のピラミッドのてっぺんに一足飛びで駆け上がるかのようなアグレッシヴさ、重力に力の限り反発するようなハイテンションぶりでもって、その違和感を噛み殺してしまったのだ。決して演奏に卓越したものがある訳ではない。ただ、鋳型にはめられることに対する反発心と、とにかく自分自身を快楽に溺れさせてくれる音楽を求める探究心、あとは漲る圧倒的なパワー。それだけでエンター・シカリはすべてをなぎ倒してしまった。それに加えて彼らの音楽には、ここ最近クラクソンズを急先鋒として盛り上がっているニュー・レイヴに通ずるダンス要素の時代的必然性と、突拍子もない音楽の組み合わせが生み出す化学変化のおもしろさという偶発的衝撃性が、洗練されることなくそのままの形で押し込められている。


おまけ
Enter Shikari-Anything Can Happen In The Next Half Hour
01:36 | 日記 | comments (4) | trackbacks (0) | page top↑

Only In Dreams

今日は学び舎の遅すぎる花見。
桜はもちろん葉だらけになっているので、「遠足」ということにしました。
小倉城の庭園にブルーシートを広げて楽しく宴会してきました。

昨日の夜は、学び舎の同期の友達を我が家に招いて
一緒に映画を観たり、任天堂DSのゲームをやったり、
ほとんど徹夜状態での参加でしたが、疲れが吹き飛ぶぐらい楽しめました。

というのも今日の遠足には元ESの2年生が遊びに来てくれたんですよね。
学び舎、気に入ってくれたみたいで、どうやら入ってくれそうです。
めちゃくちゃ良い子だったので本当に嬉しいです。
この流れにのって1年生がたくさん入ってきてくれないかな、
と思ってます。

学び舎のこと、その子のこと、いろんなこと話して、
みんなが持ち寄ったご飯をつついて、
一旦解散して生徒さん達とも別れたら
その子も一緒に2年生数人でカラオケに行ってきました。
今日はなんだかみんな洋楽が多かったなぁ。
その子もアヴリル歌ってました。
僕はエミネム披露してきましたよ。

全然寝てないので、疲れてない、と言えば嘘になりますが
それでも疲れを忘れさせてくれるくらい楽しい1日でした。

今は昨日友達と飲んだ時の残りのウィスキーをちびちび飲みながら
このアルバムの純情に包まれています。

Weezer / Weezer
ウィーザー



 このアルバムのジャケットを見たら、なんてセンスのない連中だ、と誰もが感じることだと思う。僕自身そうだったし、爪の垢程度の惨めなセンスとあまりにも個性を埋没させたこの4人組が今ではむしろ物凄いイロモノに見えて、軽く笑いが出てくるぐらいだ。そして、少しは洗練されて貫禄が出てきたメンバーがこのジャケットと全く同じ順序で立ち並ぶ『Make Believe』(05年)のジャケットと見比べたら、なんだかこの冴えない4人組がとても愛らしく感じられた。
 リヴァース・クオモがロック・スターを真剣に目指し始めたのは14歳の時。それから4年の月日が経った18歳の頃、彼は夢を実現させるためLAに上京する。何度も引導を渡されそうになり、女の子にもフラれ、まさに満身創痍だった訳だが、そこでヘコんだことをそのままバネにして音楽というフォーマットに1人の男の生き様を叩き込んだこの94年作で彼は念願のロック・スターへの仲間入りを果たす。メタリカからビーチ・ボーイズまで、彼の音楽体験の遍歴をギュッと凝縮したサウンドも印象的だが、このアルバムでは、ガレージの中でしか自分の歌を思いっきり歌えない男の、夢の中でしか大好きな女の子を抱きしめてやることができない男の、純情に照らされた10の楽曲が発表から10年以上の月日が流れた今でも、『Make Believe』のような最高に瑞々しいポップ・アルバムが発表された今でも、燦然と輝いている。「処女作にはアーティストのすべてがある」とはよく言ったものだが、このアルバムにリヴァース・クオモという男の全てがあるならば、多分僕はもっとウィーザーのことを好きになれる。


おまけ
Weezer-Say It Ain't So
21:54 | サークル | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Love Today

疲れた。今日はものすごく疲れました。
もう日付変わってるから昨日ですね、
2年生初めての授業を受けてきました。
言っても初回なのでほとんどガイダンスとかだけですがすごく疲れました。

大学、辞めたいです。
人間関係がどうこうとかではなくて、
あんな授業に割いてる時間が勿体ないです。
実際に辞める方向に持っていけない自分の行動力の無さがつらいです。
みんなほど新学年を楽しめませんでした。

バイトも今日は忙しかった。
いっぱい予約が入ってたのに僕1人で対応しないとだめで大変でした。
明日は学び舎の新2年で飲み会の予定だったのに、
明日もバイトに駆り出されます。
飲み会土曜日にならないかな~。


疲れたので早く終らせます。
今日紹介するのは、昨日学び舎の友達に借りたこの作品。
僕の今の心情には全くそぐわない楽観的なアルバムですが、
今日は1日こればっかり聴いてたような気がします。

Life In Cartoon Motion / Mika
Life in Cartoon Motion



 ビートルズやストーンズ、クイーンのような「伝説」と言っても全然大げさにならない偉大なる先人達と今日日のアーティストの間には、それはもうとんでもない飛距離でなければ飛び越えることのできないような空間が横たわっているのだが、ごく稀にその空間をいとも簡単に飛び越えて一足飛びで先人達の領域に踏み込む連中が突然変異的に現れる。21世紀以降なら、ヴァインズやジェットなどが最もわかりやすい例だろう。本国イギリスはもちろんのこと、日本でも輸入盤ですでに人気急上昇中のこの男、ミーカは、デビュー作である本作で、クイーン、エルトン・ジョン、ジョージ・マイケルなどのブリティッシュ・ポップの大御所達に向かって助走もつけずに一気に飛び立った。アカデミックな教育を受けてきたことを如実に表すクラシックの要素に加えてピコピコのデジタル・サウンドまで取り入れて両手を広げた彼のハイブリッド・ミュージックは、だからこそ直球ド真ん中ストライクで先人達をとらえたわけではないが、大出世曲“Grace Kelly”でも明らかなように、音階を駆け上がる演奏隊と彼のファルセット・ボイスに合わせてとことん大げさにドラマチックさを増す構成は、クイーンの楽曲のまさにそれである。至って質素だがトランペットのアレンジで聴かせるピアノ曲“Billy Brown”はエルトン・ジョンの系譜を見事に受け継いでいる。歌声は楽曲の構成故にフレディ・マーキュリーに例えられがちだが、“Stuck In The Middle”で言葉の隅々から漏れ出るセクシーさはジョージ・マイケルを彷彿とさせる。先人達の功績を、降って湧いたように突然現れたこんな男の甘すぎるポップ・ソングと同じ次元に引き落とすな!という輩も当然いるだろうが、もちろん真骨頂はまだだ。彼の首筋にまとわりついているはずの、ふしだらな性癖、もしくはなんらかの変態性が大衆の前に引きずり出される時、その時こそが、彼がクイーン~ジョージ・マイケルの領域に着地する瞬間なのだ。おかしなことを言っているつもりは、ない。


おまけ
Mika-Grace Kelly
02:26 | 日記 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

A Life Less Ordinary

最近、将来の夢についてよく考えます。
昔は将来の夢なんて聞かれても具体的な答えは持ち合わせていなくて
何て答えるか戸惑ってしまう男の子でしたが、
今なら即答できます。
あれしかありません。
あれしか考えていません。

具体的な夢が自分の中で立ち上がったことは良いことなんですが
最近考えることは「このままで大丈夫か」とか
「夢が叶うまで追いかけ続けることができるか」
なんてネガティブなことばかりです。

諦めなきゃ夢は叶うと思ってます。
昔だったらなんて虚無的な響きだなんて思ったかもしれませんが、
ありがちだからこそ全てを表している言葉だと思います。
大学に入ってなおさらそう思うようになりました。
大学に入らないと叶わないような夢もあると思いますが、
なんだか大学は夢を諦めさせるところのような気が最近はしてきて、
このまま通い続けてて良いんかなぁ、と不安になります。
でも大学の友達とは離れたくありません。
わがままですけど、それが本音です。

親にもあまりよく思われてない夢でもあるし
とにかく叶えられるか不安なんですけど、
今はあることを考えるだけで自分の尻を叩けるので頑張ります。
宣言でもしないとどこかで折れちゃいそうなので、宣言します。
絶対諦めません。夢、叶えます。


今日は中学の時に本当に大好きだったバンドの名盤を紹介します。
美術の授業で自分の名前の判子を彫ることがあったんですけど、
何を彫るかは自由だと勝手に思い込んでいた僕は、
このバンドの名前を石に刻んでいました。

Free All Angels / Ash
Free All Angels



 98年に発表されたセカンド・アルバム『Nu-Clear Sounds』は稀に見る失敗作だった。アルバムそのものは15位とそこそこの売れ行きを見せたが、シングル曲は見るも無残。“Numbskull”なんかはチャート・インすら果たすことができなかった。『Nu-Clear Sounds』はレディオヘッド以降の内省的な時代の流れを意識した作品だったが、結局アッシュのファンは誰1人そんなダークさを求めていなかったということだ。その低迷期を経験したということもあって、サード・アルバムである本作『Free All Angels』(01年)でキラリと光るポップ・センスと感傷的なギター・ロックを再び鞘から抜き出したことは何よりも嬉しかった。そう、アッシュといえば、時代の空気をいち早く読み取る俊敏さではなく、自分の感情に蓋をしてしまったようなダークさでもなく、やはりセンチメンタリズムである。目を瞑っても眩しいほどの輝きと、触れるだけで壊れてしまいそうな脆さである。サッカーがあまりにも下手だったからというバンド結成の理由も、途中で加入したシャーロット・ハザレイに「頼れる紅一点」として話題を全部持っていかれた冴えない地味なあの3人組も、大出世曲“Shining Light”の夢見るような儚さも、シングル“Sometimes”での何も言わずに隣で相槌を打ってくれるような優しさも、決して優等生にはなれないごつごつした手触りを感じさせる不器用なところも、全部ひっくるめて結局ここに行き着くアッシュというバンドが、本当に、本当に大好きだった。


おまけ
Ash-Shining Light

「僕達は出会った。それはまさに化学反応」。
サビの、この詞がめちゃくちゃ好きです。
22:50 | 独り言 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Small Time Shot Away

新歓は明日、明後日も続くようですが、学び舎は昨日で最終でした。
2日間のアピールで、5人の新1年生と、
サークルに入ってなかった新2年生が2人テントに来てくれました。
話を聞きにきてくれただけなのでまだ入るかどうかはわかりませんが、
みんな良い子そうだったので入って欲しいです。
人数少ないサークルやからすぐ仲良くなれるはず。

7人もテントに来てくれたことも嬉しかったんですけど、
他のサークルに入ってるクラスの友達に
久しぶりに会えたのも嬉しかったです。
聞いてみると、他のサークルも結構勧誘には苦労してるみたいです。
大規模サークルでもそんな感じなので、小規模のこちらはもっと不安です。
教職取ってる友達は授業の関係で活動に来れないらしいし、
なんだか心配なことばかりです。
学び舎、どうなるんでしょうか。

さて、今日は新学期の時間割を決めるために
同じクラスの友達とパーラーでシラバスと悪戦苦闘してきました。
カリキュラム設定に関してはうちのクラスで唯一頼りになる
彼がいてくれて良かったです。
おかげでなんとか決めることができました。
結果、水曜と土曜は完全に休み。
週休3日のお気楽な設定になりました。
でも他の日に密集してるから結局きついかもしれません。
そして、ネイティブの授業が多い。
英語が苦手な英語専攻者なのでこれはつらいです。
まあ頑張っていきましょう。


それでは今日も1枚名盤を紹介します。
落ち込んだりした時に良く聴きます。
それで、もっと落ち込みます。
ネガティブに浸ることが悪いことだとは思ってないので。
前付き合ってた子に「暗い曲ばっかり聴くね」と言われたのは
こういうのが好きだからでしょうか。
あの子には一生掛かってもこの作品の素晴らしさは理解できないやろなぁ。
そこが良いとこでもありましたが。

100th Window / Massive Attack
100th Window



 00年にマッシュルームが脱退し、3DとダディGの2人3脚体制へとなったブリストルの雄マッシヴ・アタックが『Mezzanine』(98年)から5年ぶりに発表した通算4枚目となるオリジナル・アルバム。マッシヴ・アタック名義だが、ダディGはほとんど制作に関わってはおらず、実質上は3Dのソロ作品。そのせいか、それとも時代の変化のせいか、初期マッシヴ・アタックのダブ、ヒップホップという先入観はこの作品の前ではまるで無意味である。以前の作品が持っていた腹にズシンとくる打撃性よりも、緻密に計算し尽くされたエレクトロニカが印象的だ。マッシヴ・アタックに90年代のイギリスを代表する傑作アルバム『Blue Lines』(91年)をもたらし、「トリップホップの走り」という肩書きを与えた以前の手癖に蓋をしてしまったせいか、ファンが当然のように抱いていた期待を良くも悪くも裏切ったこの作品の評価は確かに賛否両論だ。だが、世界が自分に覆いかぶさってくるような、音そのものが物質的な重さに変質して圧し掛かってくるような、自滅衝動を引き起こすあまりにも息苦しい閉塞感と重苦しさは今作でも健在。新たな要素を取り入れながらも全く浮つかない、こういうサウンドの変化こそがアーティストにとって最も理想的な変革ではないのか?デビューから10年以上の年月を経て到達した重厚サウンドの深み。その重さがそのままマッシヴ・アタックの存在の重さだ。


おまけ
Massive Attack-Future Proof
21:39 | 大学 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

Walking on the skyline

日付変わっちゃいましたね。
今さっきバイトから帰ってきました。
1週間前から個人経営のこぢんまりした居酒屋でバイト始めたんですよ。
楽しかったニート生活とはさよならという訳です。
言ってもバイトも週2ペースですけどね。
まだ2回しか入ってなかったのに今日は1人で大変でした。
大変だったけど、最後にお客さんから大福貰って幸せになりました。
明日もバイトです。
明日のまかないは何かな。実は密かな楽しみです。
ちなみに今日はどんぶり飯と小魚のから揚げと
タケノコのつわぶきとワカメスープと……。
家で自分で作るよりたくさんあるしおいしいしタダやし、
という訳でささやかな楽しみにしています。
明日も頑張ろう。
マスターもママさんも本当に素敵な人で、良い環境です。

夜はバイトですが、明日の朝は新1年生をサークルに誘う新歓があります。
自分が入学してからもう1年も経つのかと思うと、ちょっと焦ります。
いっぱい1年生入って欲しいな。
後輩でいるより先輩でいるほうが好きな人種なので楽しみです。
明日は朝の9時30分に集合なんですけど、
春休みのせいで昼夜逆転してしまって
今からすぐに寝る自信もないし、朝起きられる自信もないから、
このままコタツでゴロゴロしとこ。
布団に入ったら朝の4~5時ぐらいから爆睡することになりそうです。


それでは今日の名盤紹介。
YUKIに関しては今まで自分勝手なことを散々語ってきましたが、
この作品について語るのは初めてだと思います。
僕が初めて買ったYUKIのCDはシングル『ハローグッバイ』。
初めて買ったYUKIのアルバムはこのアルバム。
人生で初めてのライブ体験はこのアルバムのツアーでした。
そういう訳で、本当に最初のYUKI体験は『PRISMIC』でしたが、
僕の意識がYUKIに集中し始めたのはこのアルバム発表当時です。
僕の思い入れが絡み付いている作品。
紹介します。

joy / YUKI
joy



 02年2月にソロ・デビューを飾って以来、YUKIが初めて大衆の最大公約数にしがみついた05年作。つまりは、彼女が初めて自分から「勝ちにいった」作品だ。「売れ線に走った」「大衆ポップスに成り下がった」という揶揄があまりにも少ないことがこの作品を振り返ることをとても切ない行為へと仕立て上げているが、良くも悪くも「『joy』以降」という価値観を植えつけた強烈な鮮やかさで勝利を掲げたこの作品の存在感は、僕のようなYUKI原理論者でも決して無視することはできない。
 本当によくできたアルバムである。YUKI曰く、ブックレットのコンセプトは「数え切れない欲望達と一緒に開く一夜限りの音楽会」。結局「ふたりをつなぐ呪文はJ・O・Y」なこの作品がその面白いコンセプトを忠実に表現できているとは言い難いが、ジュディマリ期や初期のソロ作品をリアルタイムで経験しなかった人々をも巻き込むほどのカタルシスを圧倒的なポジティビティで音楽会場に引きずり出したこの作品の功績は計り知れない。おそらく今後のキャリアでも彼女の最高傑作として語られるであろう超ウルトラ級の必殺シングル“JOY”も収録されているし(YUKIの本当の最高傑作は絶対に“プリズム”!それだけは強く主張したい)、その他収録曲も“JOY”に引けを取らない名曲がもはや金太郎飴状態で並んでいる。『WAVE』(06年)でラストを飾った“歓びの種”は二番煎じとしか思えなくてうんざりしたが、この作品での“ティンカーベル”~“Home Sweet Home”の着地は素晴らしい。初期作につきまとう泥臭さやクールネスに対するアンチテーゼのように極上ポップネスを獲得したこの作品は、結果的に初期2作でYUKIと最小公倍数で結ばれたファンを見事に裏切ることの上に成り立った「勝利作」であったが、この作品の完成度の高さは決して虚飾によるでっち上げではない。だが、砂糖てんこもりのこの甘いメロディは、YUKIの本当の姿を知らない大衆を仕留めるための甘い罠だ。この作品を経由することで最終的に『PRISMIC』(02年)に行き着くのなら素晴らしい。諸手をあげてこの作品を歓迎しよう。だが、この作品を経験することで初期作に資料的な価値しか見出せなくなるのならば、絶対にこの楽観性を額面通り受け取るわけにはいかない。


おまけ
YUKI-ハローグッバイ
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New World

音楽でいう僕にとっての「これ!」という作品。
YUKIの『PRISMIC』、オアシスの『Don't Believe The Truth』、
カーシブの『The Ugly Organ』など、他にも少し挙げられます。
ちょっと前に『PRISMIC』は「私のこの1枚」として紹介したぐらいなので
無理やり1枚に限定することは無理ではありませんが、
どれも出会えたことを誇れる絶対的な作品です。

本だったら、貫井徳郎の『慟哭』、
横山秀夫の『半落ち』、重松清の『きよしこ』、
野沢尚の『破線のマリス』『砦なき者』などが挙げられます。
ベクトルが全然違うので、こればっかりはひとつに選べません。
漱石も芥川も経験していないような僕ですが、
それでもこの5作は部屋に飾っているぐらい大好きな作品です。

今日は映画でいう僕にとっての「これ!」という作品を紹介します。
映画館に行くことなんて年に2回もあれば多い方で、
これまでに観た作品の数はビックリするぐらい少ないんですが、
今日紹介する作品はそんな惨めな映画体験の中で
凄まじい衝撃を受けた作品です。
学び舎の中で観てる率がものすごく高いこの作品。
映画のレビューなんて書いたことありませんが、一生懸命紹介します。
本と映画はどこまで内容に触れて良いのかが難しいですね。

Dancer In The Dark
ダンサー・イン・ザ・ダーク



 00年に公開されたラース・フォン・トリアー監督の問題作。カンヌ国際映画祭では見事に「パルムドール賞・最高賞」に輝き、主演の我らがビョークも「主演女優賞」を獲得。『グリーン・マイル』で有名なデビッド・モースなども出演している。そんな本作出演陣の演技が素晴らしいのは言うまでもない。音楽なんてビョーク本人を中心に構成されたのだから、そこにはもう巌のように揺るぎない信頼を置いてしまってかまわない。この作品が問題なのは、その内容である。何を当たり前のことを、と思われるかもしれないが、こう言わなければ気がすまないほどこの作品の内容は本当に凄まじい。
 失明寸前ながらも息子の手術代のために毎日工場に働きに出るセルマ。この作品は、息子の誕生日にプレゼントすら買ってやる余裕のない極限まで切り詰めた生活を送る彼女の、地獄の底を見るような悲劇の物語だ。もしかしたら、この作品のサディスティックな一面ばかりが目について、アレルギー反応が出てしまいそうになるほどの強烈な刺激を感じる人がいるかもしれない。それほどまでに、この作品は徹底的にセルマを絶望でがんじがらめにしてしまう。どちらに転んでも絶望というタイトロープに彼女を無理やり立たせ、背中を押して奈落の底へ突き落とす。だが、美意識に反する人もいるかもしれないが、それでもこの作品の絶望は美しい。もうちょっと正確に言うなら、この作品の「絶望の先」は美しい。
 ミュージカルは不思議だ。どうして突然歌ったり踊ったりする?僕はしないよ、そんなこと――セルマに想いを寄せる男性ジェフの、この台詞が作品中で最も印象的だ。屁理屈だ、と言い捨ててしまえばそれまでだが、この言葉にはミュージカルの全てが集約されている。確かに、実際の生活の中では、突然歌い、踊りだすというミュージカルならではの魅力は不可解なものかもしれない。だが、ある意味現実離れしたその行為だからこそ、ミュージカルはそこに夢と希望を投影できる。ミュージカルを生業にしている人の証言なしに断定するのは少し気が引けるので、控えめにそう主張させてもらう。荘厳なオープニング曲を除けば、この作品を彩る音楽は全てセルマによるミュージカルである。彼女の無邪気な夢と希望が込められた、愛しいミュージカルである。土砂降りの絶望の中だからこそ、セルマは歌い、踊る。そして、そこにささやかな夢と希望を投影するのだ。心に吹きすさむ絶望の嵐の中、朽ち果てずにいる唯一の砦。セルマにとっては、それがミュージカルだったのだ。
 この作品が僕らに求めること、それは「見ろ」である。ただそれだけである。絶望を見ろ。その先にある希望を見ろ。エンディング曲“New World”は「最後から2番目の歌」。もし人生が見ることならば、私は固唾を飲んで見守る、次はいったい何が起こるのだろう――。この作品で、絶望の先、最後の歌、が具体的に描かれることはない。ラース・フォン・トリアー監督は、それらを完全に観客に委ねた。観客それぞれの心の中で歓喜の産声をあげて立ち上がる希望を見てくれ、この作品が求めることとはそういうことである。お金、仕事、視力、そして、命。彼女の手の中から次々とこぼれ落ちていったそういったものが引き起こした欠落感が、決してこの映画を後ろ向きなものに仕立て上げなかったのは、その空白以上の夢と希望がこの作品の見ないところには満ち溢れていたからである。だからこそ、この作品は1人の人間を絶望の淵に引きずり落としてカタルシスを得るような悪趣味な作品では絶対になかったし、簡単に「暗い」と分類できる作品でもなかった。レンタルショップなどのポップには安易に「暗い、暗い……」と書かれがちなこの作品ですが、逡巡は捨て去ってレジへ走ってください。
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